京町家をカスタムすることで新しい価値を生みだすスペシャリスト

Garden Lab株式会社創設者・管理人 | ドゥルー・ウォーリン

大学で日本語や京町家の研究を行い、現在はソフトウェア関連のコンサルティングとコワーキングスペース・Garden Labの管理・運営を行っているドルゥー・ウォリンさん。幼き日にカナダからやってきた少年が日本文化に魅了され、定住に至るまでには、2つの国を何度も行き来しながら積み上げた学びの日々がありました。

ドゥルー・ウォーリン

Garden Lab株式会社創設者・管理人 | ドゥルー・ウォーリン

ドゥルー・ウォーリン/1985年生まれ。小学3年生でカナダから日本に移り住み、日本の文化に魅了される。以後、両国間を行き来しながら日本文化の研究に邁進し、2009年には京町家の研究のため京都大学の建築学科に編入。卒業後、データ移行用のソフトウェア開発会社Appbridge Japanを設立。Google社への売却を経て現在は個人でテック関連のコンサルティング業務を行う。2020年にオープンしたコワーキング施設・Garden Labの管理人を務める。

この記事をシェアする

京都のコミュニティ文化を体現したGarden Lab

日本政府のインバウンド政策により2011年に622万人だった訪日外国人は年を追うごとに増加し、2019年には過去最多となる3188万人を突破。在留外国人も2019年に282万人を記録し、今や日本の総人口の2.24%を占めるほどになっています。カナダから来日し、京都の町家に魅了されたドゥルー・ウォーリンさんは、現在、京都に居を構え、Garden Lab株式会社で、コワーキングスペースをはじめとした町家を利用した多角的なビジネスを展開。カナダと日本を行き来しながら、語学の習得や日本文化の研究を行ってきたというその半生は、日本人以上に和の心を兼ね備え、定住を考えている外国人たちにとっても大きな指針となっています。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

Garden Labの管理人を務めるドゥルーさんは京町家研究のスペシャリスト。自らも町家を自宅・オフィスとして利用しています

ドゥルーさんが管理人を務めるGarden Labは、京都・五条の静かな街並みに建つ、飲食店やサロン、宿泊施設などを併設したコワーキング施設。ドゥルーさんも創設者の1人として企画段階から会議に参加し、大学時代から多くの時間を費やしてきた京町家の研究知識を注ぎ込み、開業に至りました。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「僕は京都大学で京町家の研究を行い、2015年から京町家を自宅兼オフィスにしてソフトウェア関連のコンサルティング業を行っていました。ある時、大家さんから、『この建物も改修するけど興味ありますか?』と聞かれたのが、後のGarden Lab になる建物。そこから庭師の佐野友厚さんや町家のスペシャリストである京都町家再生研究会、京町家作事組などが集まってプロジェクトが発足し、僕が管理人を務めることになりました。2020年7月のオープンから、ようやく1年。コロナ禍の影響で、当初の予定通りいかない部分も多々あります。しかし、京町家というものが、そもそも完成してから少しずつカスタムすることで価値を生みだすものなので、僕としては今のプロセスがGarden Labにとって大きなメリットになっていると思っています」

現在、日本各地に増えつつあるコワーキングスペースですが、Garden Labは、京町家の文化を体現した横の繋がりが生まれる空間を目指しています。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

Garden Labの2階にあるコワーキングスペース。大きな窓から庭の景色を見下ろせます

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「Garden Labは本当にいろいろな人が出入りし繋がっていく、偶然の場。以前には、10年前にイギリスで同じ大学に通っていた人同士がここでそれぞれ会員になり、サロンで久しぶりに再会できた、なんてこともありました。そういったご縁の場としても活用してほしいし、今後、コロナが落ち着いたらイベントやレクチャー、セミナーなどの開催も考えています。興味がある方は、ぜひ、そういったパブリックな日に遊びに来て、こういう京町家の使い方もあるんだというのを体験してほしいですね。夏の間に新しい飲食店もオープン予定なのですが、満席で待ち時間がある時などは、サロンで庭を眺めながらクラフトビールの一杯でも飲んでいただけたら嬉しいです」

Garden Labの1階土間に設けられたサロンスペース。コーヒーやクラフトビールなどを提供しています

日本の文化・風習が内気なカナダ少年を変える

ドゥルーさんが初めて日本を訪れたのは、小学校3年生の頃。地元の街・カワチンバレイと姉妹交流プログラムを行っていた北海道・大滝村(現在は合併により伊達市)に1994年、家族で移り住みました。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「小学校3年生から5年生の2年間、住んでいました。カナダというと寒い場所を想像するかもしれませんが、僕が育ったのは西側の温かい地域だったので、北海道で初めて厳しい冬を体験しました。大滝村は本当にのどかで、通っていた小学校も全校生徒を合わせて65人。カワチンバレイもかなりの田舎だったので、環境にはすんなりなじむことができました。ただ、カルチャーについては驚くことがいっぱいで。新しい小学校に入ってしばらくすると、全校集会でみんなに日本語で挨拶しなさいと言われたんです。僕はもともとすごくシャイだったし、カナダには自己紹介という習慣もないから、どうしたら良いのか分からなくて。でも、そういう日本の文化に触れることで、少しずつ自分を変えていかなければいけないということを学びました」

小学校3年生で初めて日本を訪れたドゥルーさん。北海道・大滝村に2年間滞在し、日本の文化に触れました

苦しいほどに内向的だったというドゥルーさんですが、徐々に学校の仲間たちと打ち解け、遊びを通して子どもたちのコミュニティに溶け込んでいきました。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「田舎の男子なので、外で虫や蛇を捕まえたり、ボール遊びなど、日本もカナダもあまりやることは変わりません。あと、テレビゲームだと、お互い言葉が通じなくても、なんとなく一緒に楽しめるので、カセットの貸し借りなどをしていく中で友だちが増えていきました。日本語は、周りがみんな子どもだったので、会話レベルは雑談というか遊びで使う程度のものでしたが、ひらがな、カタカナ、漢字なども勉強して、『ドラゴンボール』や『ドラえもん』などのアニメを見ていたことで、ある程度読み書きできるようになりました」

2年間の交流プログラムを終えたドゥルーさんはカナダに帰国。中学、高校を地元で過ごす中で、再び日本を訪れたい気持ちが高まっていきます。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「大滝村で過ごした日々が本当に素晴らしく、僕にとって日本は第2の故郷と言うべき場所になっていました。ただ、カナダに戻ってから日本語を話せる相手がいなかったので、せっかく覚えた言葉もほとんど忘れてしまって…。大学進学の前にもう一度、日本語を真剣に勉強したいと思い、高校を卒業して1年間、ワーキングホリデーのビザを得て仙台に行きました。大滝村にいた時は、敬語や相手への気配りなどを理解できていなかったので、そういった日本文化の基礎をしっかり身に着けたかったんです。印象的だったのが、友人が働いている飲食店のお手伝いに行った時のこと。掃除をしていて、お店の人に『次、何をやってほしいですか?』と聞いたんです。そうしたら、『ドゥルー君、そういう時の言い方は、何をすればいいですか、だよ』と教えてもらって。日本語は、言い方によって全然ニュアンスが変わるということを実感しました。仙台での1年は、日本のことを深く知る上で、大きなきっかけになりました」

仙台では英会話の講師をしながら日本語を勉強。大滝村では知り得なかった日本文化の奥深さに触れました

大学での日本文化研究を経て、定住の地・京都へ

仙台からカナダに戻ったドゥルーさんは、名門・ビクトリア大学に入学。経営学部を選択し、数多くの日本語科目を受講しますが、2年生への進級時に転機を迎えます。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「2年生から本格的に経営学部で国際貿易コースの勉強をする予定だったのですが、そうなると単位数の関係で日本語科目が取れなくなることが分かったんです。お世話になっている教授に相談したところ、日本語に集中したいならアジア研究学に強いところがいいだろうということで、バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学に転学。日本言語と文化という科目を専攻し、敬語や語彙の文法、文字の書き取りなどをめちゃくちゃ必死で勉強しました」

大学では、より専門的な日本語・日本文化のカリキュラムを専攻。日本語習得に向けて、ひたすら読み書きに励みました

専門的な学びの環境を得たことで日本語スキルが飛躍的に成長。この体験からドゥルーさんが得た、日本語を学ぶ上で必要な心構えとは?

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「外国の言語をマスターしたいなら会話をしなさいとよく言われていて、僕もそう思いますが、本当に話せるようになりたければ書き取りの勉強は必須。特に日本語の場合、漢字は絶対です。ひらがな、カタカナ、ローマ字などは、だいたい音ベースの文字なのである程度のスキルがあれば理解できます。でも、漢字は概念、シンボリックな言語から意味を伝えるので、考え方が全然違うんです。外国人が日本語を学ぶ上で次の段階に行くなら概念を学ぶべき。そして、日本語の大きな特徴として、話す相手によって自分が先輩だったり、謙遜したり、立場によって態度や性格を瞬間的に変える必要があり、それに合わせて語彙も変わってきます。そのメンタルの使い分けを覚えなければ、ビジネスなどに対応するのは厳しいでしょうね」

研究の日々が続く中、ドゥルーさんにとって、待ちに待った日本行きのチャンスが再び訪れます。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「ブリティッシュコロンビア大学の姉妹校である立命館大学に留学することができ、初めて京都に来たのですが、もう京町家の魅力に一瞬で心を奪われました。実は、僕の父も建築、特に日本の古民家が好きなので、その血を受け継いでいるんでしょうね。京町家の街並みや、そこから生まれるコミュニティ文化はカナダ人の僕にとっては非常に珍しいもの。とても大きな街なのに、自転車があれば20分ぐらいでどこでも行ける密集市街地の建築形態や都市計画は、他の国も見習うべきところがたくさんあると思います。京町家のことをさらに研究したいと思い、カナダに戻ってからは、卒業の準備をしながら、文部省の研究生として日本に行くため奨学金の申請をしました。1年後には京都大学の建築学科で京町家と庭の研究を開始。子どもの頃からカナダと日本を行ったり来たりですね(笑)」

ドゥルーさんの人生を決定づけたと言っても過言ではない京都での日々。京町家や京都の文化が、その後の人生観に大きな影響を与えました

かくして新たな研究の道へと足を踏み入れたドゥルーさんでしたが、初めて挑む建築の分野は、予想外のハードルの高さでした。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「建築の研究って、海外では芸術学の領域になっていることが多いのですが、日本では構造力学や環境学などから学ぶので、根っからの文系である僕にとっては、めちゃくちゃ難しいカリキュラムでした。でも、日本、特に京都の伝統的な建築に研究テーマを置いて研究に集中し、幸いなことに全単位取得することができたので本当に良かったです」

時代に順応する伝統建築。京町家の魅力と課題

京都大学での研究を終えたドゥルーさんは、京都で暮らすことを考えつつ就職という課題とも向き合いますが、折よく兄からの誘いでソフトウェアの会社を共同で起業することに。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「日本が重要な市場になるので、支社を作って経営をしてくれないかと言われたんです。これは面白そうだと思ったので、会社の設立のためにいったんカナダに戻り、1年後にまた京都へ。今も住んでいる町家の大家さんと出会って自分のオフィスを京都の町家で構えるという夢を実現できました。会社自体は最終的にGoogleの参加になって、僕も3年ほど東京にあるGoogleの日本支社で働いていたのですが、その間もやはり京町家の自宅が恋しかったですね」

京町家にリノベーションを施したGarden Lab。洋間と和室の意匠にしています

東京から京都に戻り、再び京町家での暮らしを送るドゥルーさん。住んでみて分かった京町家の魅力とは?

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「まず外観がすごく独特で、玄関に入ると通り庭という外でもない、中でもない空間があります。そこから土間に続き、座敷や坪庭、中庭などの空間もある。どこが外で中かという境界線が曖昧なんですね。そこがとても面白いと思いました。Garden Labも建物が素晴らしいのはもちろん、中庭の存在が、僕にとって最も興味を惹かれたポイントです。僕の自宅は縦長の長屋なのですが、1階をオフィスにするため板張りにしてもらったのと、お風呂がなかったので水回りを改修してもらったのですが、時代に合わせたリフォームに対応できるのも大きな魅力です」

Garden Labのシンボルとも言える中庭。外のようであり中でもあるという京町家ならではの概念が独特の空間を生み出しています

憧れる人も多い京町家での暮らしですが、環境面でのハードルを乗り越えられるか否かで済むことに適した人が振り分けられます。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「町家はとにかく冬は寒く、夏は暑い(笑)。自然との関わりや季節の移り変わりを大事にする人なら最高ですが、気候の変化に敏感な人は辛いかも。現在は京都美術工芸大学・大学院研究科長の高田光雄教授から学んだのが『環境調整空間と環境制御空間の使い分け』という仮説なのですが、京町家に住みたかったから、エアコンが効いて快適に過ごせる部屋(環境制御空間)を必ず1つは確保することが大事。そして、春や秋など過ごしやすい季節は二層の障子やふすま(環境調整空間)で空気の層を調整します。環境とうまくやり取りすることで快適に過ごすことができますが、そのあたりの感覚は、住んで3年ぐらいかかって実感できるものかもしれません。今ではゲストハウスとして泊まれる京町家もあるので、興味がある人は、まず宿泊して生活ぶりを体験されるとよいかと思います」

古き良き佇まいを残す京町家は、飲食店やアパレルなど、さまざまな用途で現代の暮らしに溶け込んでいます

京都を代表する景色の1つとして人気の京町家の街並みですが、時代の波に直面した問題も。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「メンテナンスの費用が高く、資材の確保が難しいので維持ができず、京都市内の町家でも急激に取り壊されていっています。もう一つ大きなハードルは相続。もし所有者が子どもに町家を残したいと考えても相続税が高いので、結局はみんな売ってしまうんですよね。そういった事情については理解も共感もできるのですが、京都全体で考えると、これは本当に大変なこと。大きな観光名所は一度見たら満足という人が多いのですが、京町家の独特な町並みは、現在の用途で改修したり利用することで新しい見せ方もできるのに、その可能性がなくなってしまう。それが失われると観光地としての京都の価値が大幅に下がってしまうと思います。そういった状況を支援するようなシステムが確率されれば良いのですが」

艱難辛苦の末に永住権を獲得。心の故郷・日本での展望

ドゥルーさんのように日本への愛着を持ちながらも、定住までの道のりにたどり着けない外国人は現在でも数多いのが現状。しかし、その状況もここ数年で改善の兆しが見られています。

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「昔だったら1つの仕事に10年以上従事していなければいけない、もしくは日本人と結婚していないといけないなど、外国人が日本に住むためのハードルは非常に高いものでした。僕は2020年に永住権を獲得できたのですが、それは新しいルールのおかげ。これまでに何度も日本を訪れ、日本の語学や文化をしている経歴や、日本語能力試験を受けてN1というレベルを取っていること、研究を行っていた京都大学が評価のランキングに入っていることなど、諸々の条件を満たしていたので、かなり早く申請ができました。僕にとっては片思いかもしれませんが、日本は自分のホームだと思っています。行ったりきたりしながらでしたが、日本に貢献したいという思いを認めてもらえたことはすごく嬉しかったです」

日本での暮らしを考えている外国人にとって永住権の獲得は高いハードル。近年、ようやく間口が広がり、受け入れ体制が改善されてきました

現在、Garden Labの管理を行いながらテック関連のコンサルティング業務も行っているドゥルーさん。今後の事業プランは?

ドゥルー・ウォーリンさん(以下:ドゥルーさん)

「今は主にブロックチェーンのコンサルティングを行っているのですが、この技術は本当に素晴らしいもので、今は投資などによく利用されていますが、僕は、そっちには興味がなくて、もっといろいろなプロジェクトにブロックチェーンを応用できればと考えています。目下、取り組んでいるのがデジタルアイデンティティの発行という事業。たとえば一つの商品や個人のデータの評価を示すため証明書のようなものを発行することで、ウェブマーケティングにおける価値の管理や共有が行えます。世の中のさまざまなものをデジタル化していくのが今後の大きな仕事になってきますが、その反面、Garden Labのような場所で仕事をすることがもっと普通になるよう働きかけていきたいし、町家オフィスや町家スタジオといった場所を増やしていきたいと思っています」

コワーキングスペースの隣の棟であるGarden Labの宿泊施設にて。イベントの開催や新規店のオープンなど、今後の展開から目が離せません

この記事をシェアする

Garden Lab

Garden Lab

伝統的な京町家をリノベーションしたコワーキングスペース。京都の中心部にありながら、街の喧騒から離れた落ち着いた空間で、熟練の庭師による美しい中庭には樹齢100年のもみじの木があり、季節ごとの表情を見せる。集中して創造的になれる環境と、会員同士のネットワークづくりができる快適な空間だ。

正式名称/Garden Lab 株式会社

住所/京都市下京区石不動之町682-6

電話番号/080-9750-1514

営業時間/コワーキング 9:00~18:00 バー 18:00~23:00

定休日/無休

※政府の新型コロナ感染防止規定に沿って営業致しますので、営業時間など短縮対応する場合があります

 

TAGS