「自分から見て、かっこいいか」。挑戦を重ねて見つけた、田中翔大さんの判断軸

株式会社エイトウィル 代表取締役 | 田中翔大

サッカー、証券営業、起業、スタートアップへの参画。異なる環境へ飛び込んできた田中翔大さんは、何を基準に次の一歩を選んできたのか。その転機と、挑戦を支える価値観を伺いました。

田中翔大

株式会社エイトウィル 代表取締役 | 田中翔大

たなかしょうた/株式会社エイトウィル 代表取締役。大学卒業後、野村證券株式会社に入社。2017年、株式会社HRBrainの創業メンバーとして参画し、2020年に取締役に就任。2024年自身の保有株式を欧州系投資ファンドへ譲渡し、退任。2025年、株式会社エイトウィルを創業し、「グルテン分解乳酸菌ディグルラクト」の国内総販売元として事業を展開している。

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ビジネスは少しずらしたところにチャンスがある

2025年、田中さんが創業した株式会社エイトウィルでは、「グルテン分解乳酸菌原料 ディグルラクト」の国内総販売元として、企業に原料供給するとともに、オリジナルブランド「De-glu(デグル)」を展開しています。着目したのは、「グルテンは控えたい」でも、美味しいから「パンや麺は食べたい」というニーズでした。

田中翔大さん(以下:田中さん)

田中翔大さん(以下:田中さん)「グルテンフリーの市場で戦うつもりはないんです。『パンや麺などの小麦粉食品を食べたい』という人のほうが圧倒的に多いですから。その大きな市場に向けて、“分解する”という新しい選択肢を差し出す。ど真ん中を狙うのではなく、消費者のニーズを考えて、少しずらしたところに立つ。これは、僕がこれまでの事業でも大切にしてきた考え方です」

一方、新しい市場を切り拓くからこそ、攻めるだけではなく、事業やブランドを守る視点も欠かせないといいます。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「食品原料やサプリメントを扱う事業ですから、商品の安全性やブランド価値、エビデンスなど、守るべきものがたくさんあります。それらを先回りして考えながら、同時に攻めのアイデアを練る。守りと攻め、その2つを行ったり来たりしているのが、いまの僕の仕事ですね」

グルテンを完全に避けるのではなく、分解するという新たな選択肢を提案する「ディグルラクト(Dglu-Lacto®)」

消費者目線で「少しずらす」ことで新たな可能性を見つけながら、リスクを見極めて前へ進む。現在の事業にも表れているこの姿勢は、田中さんがこれまで重ねてきた選択にも通じています。

「自分と向き合って戦う」。サッカーで学んだこと

田中さんの原点にあるのが、幼いころから続けてきたサッカーです。川崎フロンターレのジュニアユースではキャプテンを務め、ユースへ昇格。Jリーグユース選手権大会では得点王に輝きます。その時期に大きな影響を受けたのが、恩師であり、現在はJ1・浦和レッズの監督を務める曺貴裁(ちょう・きじぇ)さんでした。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「本当に厳しくて、よく泣かされました。でも、いま振り返ると、それだけ曺さんが僕とマジで向き合ってくれていたんだと思います。子供でもわかるんですよ。そのおかげで、自分と向き合うことが習慣になりました。あのとき学んだ『自分と向き合って戦う』という姿勢は、いまの僕の考え方の基盤になっています」
※曺貴裁氏の著書『育成主義 選手を育てて結果を出すプロサッカー監督の行動哲学』(カンゼン、2018年)の「あとがき」には、川崎フロンターレU-15時代の田中さんが「T君」として登場。厳しい指導にも「決して下を向くことなく食らいついてきた」当時の姿や、卒業後に証券会社勤務を経て起業した近況がつづられている。

幼少期からサッカーに打ち込み、J1川崎フロンターレのジュニアユース、ユース。明治大学体育会サッカー部でプレーした田中さん。

その後、明治大学体育会サッカー部へ進学し、大学日本一を経験。天皇杯では、2回戦で奇しくも曺さんがヘッドコーチを務めていた湘南ベルマーレに勝利しました。続く3回戦ではJ1のモンテディオ山形を破り、大学チームとして史上初となるJ1クラブ撃破を成し遂げます。しかし、卒業後はプロではなく、野村證券への就職を選びました。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「後にプロになる仲間達と毎日一緒に練習をしていると、プロで活躍できる人がどういう人か、サッカーIQでは負けない自信はあったのですが、技術と、特にフィジカルの違いを大きく感じてしまうんです。そんな人たちが集まるプロの世界で戦うのではなく、別の道で彼らと勝負したいと思うようになりました。そこから将来は社長になりたいと考えるようになりました。OBの方々に『厳しくて、経験がつめる会社はどこですか』と聞いて回り、そこで出てきたのが野村證券でした」

「社長」になることを見据えて新卒で野村證券へ。営業の最前線で過ごした3年間が、仕事に向き合う基準をつくった。

田中翔大さん(以下:田中さん)

野村證券で過ごした3年間は、仕事に対する「負荷の基準」をつくった時間だったと振り返ります。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「言われたとおりに動いても結果は出ない。だったら、自分でやり方を変えるしかない。振り返ると、新卒のうちに日々の業務における『これが当たり前』という基準を、相当な高い負荷でつくれたことが大きかったと思います」

計画がなくても、まず動いてみる

3年で野村證券を退職した田中さんですが、次に何をするかは決めていませんでした。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「いまなら一定の貯金と次の計画を用意してから辞めるのが普通だと思います。でも僕にはまったく計画性がなくて、とりあえず辞めてしまったんです(笑)」

転機になったのは、知人に誘われて受けたパーソナルトレーニングでした。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「担当してくださったトレーナーさんにしごかれて…『これは続かない』と思ったんです。でも、鍛えたいという欲はある。どうすれば続けられるかを考えたとき、女性トレーナーに教えてもらう環境なら続くんじゃないか、と。それが、最初に立ち上げた事業「EZIL」の原点です。

自身の実体験を元に立ち上げた、国内初の30代以上の男性に特化したパーソナルジム「EZIL」。現在銀座、新宿、渋谷、大阪本町、福岡博多、天神で7店舗運営。

自身の体験から、30代以上の男性に特化した女性トレーナーによるパーソナルジムを立ち上げます。事業が軌道に乗り始めると、田中さんは次のアイデアを形にします。SNSを通じてしみけん(AV男優)さんに自らDMし事業を提案。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「最初は『一緒にジムをやりましょう』とDMしたんです。でも、それは現実的に難しいと思い、サプリメントを売りませんか、と。しみけんさんが快く引き受けてくれ、実現することができました」

サプリメント事業でタッグを組んだしみけんさんとの一枚。SNSを通じた連絡をきっかけは新たな挑戦に繋がった。

その後、田中さんは再び環境を変える決断をします。創業メンバーとして株式会社HRBrain(当時は株式会社モスキートーン)への参画です。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「このまま自分一人で突っ走っても、大きな会社はつくれないし、自分の能力もいずれ頭打ちになる。そんなとき、よく飲みに行っていた一つ年上の先輩、堀浩輝さんが会社を立ち上げたと聞いたんです。尊敬していた人だったので、『この人と一緒なら成長できる』と思ったことが、参画の決め手でした」

株式会社HRBrainでは営業責任者から執行役員、取締役へと役割を広げていきました。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「当時はスタートアップならではの熱量があって、目の前のことにとにかく全力で向き合っていました。『戦うときは戦う』というメリハリと勝負勘は、あの時期に鍛えられたと思います。それがいま、経営者としてのスキルになっている気がしますね」

創業メンバーとして株式会社HRBrainに参画。雑居ビルの1室から仲間と事業と組織を成長させる経験を重ね、退任時には社員数約200名、企業価値200億円超まで成長した。

「自分から見て、かっこいいか」

証券会社、パーソナルジム、スタートアップ、そしてグルテン分解乳酸菌。一見すると異なる選択を重ねてきた田中さんですが、その判断軸は共通していました。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「『自分がやっていることが、自分から見てかっこいいか』というのが、僕のポリシーなんです」

田中さんにとっての「かっこよさ」には、2つの意味があります。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「ひとつは、自分でビジネスを見つけたり、ひらめいたりして、0から1をつくること。もうひとつは、自分がお客さんだったら欲しいと思えるものを売ること。自分が体験して、欲しいと思ったものを全力で売る、そこにかっこよさを感じるんです」

キャリアを重ねるなかで、人生そのものに対する価値観にも変化が生まれたそうです。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「サッカーでも、社会人になってからも、常に他人と比べられてきたし、自分でも誰かと比べてきました。でも最近は、『自分がいいならいい』と思えるようになってきたんです。どんな事業に取り組むか、自分の時間を何に使うか、どこに住むか、何を買うか。すべての選択において、誰に何を言われても、自分がいいならいい。そう思えるようになったことが、幸せなんだと気づきました」

挑戦する理由は信念として活き続ける

最後に、何かに挑戦したいと思いながら、一歩を踏み出せずにいる人へのメッセージを伺いました。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「チャレンジしたいと思っているなら、何でもいいからチャレンジしたほうがいい。一歩目は小さくてもかまわないんです。とりあえず踏み出すしかないと思っています。計画を練ることよりも、『なぜチャレンジしたいのか』を、その時点の自分なりの考えとして持っておくことのほうが大切だと考えています」

田中さん自身も、最初からすべての答えが見えていたわけではありません。実体験のなかから可能性を模索し、行動し、その経験から次の選択肢を見つけてきました。

田中翔大さん(以下:田中さん)

「どうせ最初はうまくいかない。でも、それは失敗ではなく、成功するための学びになる。一発退場になるような負け方でなければ、どんどん行動したほうがいい。そうやって自分の事業に対する解像度を上げていかないと、成功にはたどり着けないと思うんです。人間は結局、失敗や痛みを伴う経験から学ぶものだと思います。自分で体験して得た知見や経験は何ものにも代え難い。だから、まずやってみることだと思います」

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