「SNSは子供みたいなもの」手をかけることで育っていく楽しさ

絶景プロデューサー | 詩歩

2年前に、京都へ移り住んだ絶景プロデューサー・詩歩さん。国内外を旅してきた彼女が移住先を京都に決めたきっかけや、住んでみて気がついた土地の魅力をうかがいました。くわえて、発信する絶景コンテンツへのこだわりから、詩歩さんが多くの支持を得る理由もひもときます。それらのお話から、コンテンツ作りも日常生活にも“余白”が大切だということが見えてきました。

詩歩

絶景プロデューサー | 詩歩

静岡県出身、絶景プロデューサー。世界中の絶景を紹介するFacebookページ「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」を運営し、海外でも出版されている書籍たちは累計63万部を突破。“絶景”ブームの火付け役として、旅行商品のプロデュースや自治体の地域振興アドバイザーなども務める。Instagramほか、SNSのフォロワー数は100万人を超える。

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10年住んだ東京をはなれ、京都へ。移住をきっかけに気がついたこととは

「絶景プロデューサー」として国内外を旅しながら絶景を撮影し、土地の魅力を発信する詩歩さん。長らく東京を拠点に活動していた彼女は、2019年に京都へ移住しました。国内各所を知り尽くしているなかで、なぜ京都を選んだのでしょうか?

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「きっかけは、環境を変えたい! と思ったことでした。独立して5~6年、東京に住んでからは10年ほど経ったので、マンネリ化してきたというか。1年を通した仕事の流れが決まってきたこともあり、そのなかで変化がほしいと感じたんですよね。私は仕事もライフスタイルも、ルーティン化することがとても嫌いなので」

住み慣れた土地をはなれることや、場所を決めるにあたっては「実は、そんなに深く考えたり迷ったりもしませんでした」とのこと。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「そこで、『手っ取り早く何かを変えるなら、住む場所を変えればいいじゃん!』という考えに至りました。条件は近くに国際空港があるかつ、私は車を運転しないので、都市が発達しているところ。そうして関西か福岡の2択に絞りました。それなら大好きな日本史に触れられる機会も多くて楽しそうだなと思い、京都に決めたんです。知り合いもいない土地ですし、半ばノリでしたね」

「京都に住むようになって、リサーチのために撮影に行くエリアが変わったのも新鮮でした」

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「新ネタを探しに自費で撮影に行くこともあるんですが、東京が拠点だと、気軽に足をのばせるのは北関東くらい。京都なら日帰りで大阪や兵庫、頑張れば岡山から瀬戸内海方面にも行けるなぁって」

引っ越してすぐにコロナ禍になったため、しばらくは思うように活動できなかったそう。ただ京都でゆっくり過ごしたぶん、観光で訪れるのとは違った魅力が見えてきたといいます。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「暮らしも快適ですし、発見も多くて、この町の楽しさを実感しています。以前は『京都=観光地』というイメージでしたが、坂が少なくどこにでも自転車で移動できるし、イオンなどの商業施設も充実しているから生活しやすい。それに歴史好きとしては『1000年前、ここは平安京だったんだな』って思うと、町を歩いているだけでたまらない気持ちになります。日常のなかでわくわくできる場所だという点でも、相性がよかったなと感じますね」

京都はコーヒーの町! 歩くなかで知った町の魅力

さらに、京都生活をスタートしてからは「コーヒーチェーンにまったく行かなくなった」という変化も。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「住みはじめてから知ったんですが、実は京都って、コーヒーの町なんです。京都市はコーヒーの年間消費量が日本一だったこともあるほど、コーヒーが愛されている場所。そのためか分かりませんが、コーヒー屋さんは多いのに、チェーン系のお店が本当に少なくて! そのぶん個人で経営されているこだわりのカフェや、地域に根ざした焙煎所がたくさんあります。いつもと違う道を歩くたびに新しいお店を発見するので、毎日違うところに立ち寄っても足りないんじゃない? って思うほど。そして本当に、どこのコーヒーもおいしい!」

「私はカフェ巡りが大好きなので、思わぬ京都の魅力を発見し、毎日がより楽しくなりました」

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「さらに町歩きやカフェ巡りをしながら、季節の移ろいを感じられるのも、ここのおもしろいところ。伝統的なものごとが守られている土地なので、お祭りや催しが多いんですよ。例えば、1月に行われる商売繁盛の神様・えびす様をお祀りする『十日ゑびす大祭』。その時期はどのお店に行っても“十日ゑびす”の縁起物『吉兆笹(ささ)』が見られたり」

日本だけでなく世界の絶景を紹介し、これまで数々の”絶景本”をヒットさせてきた詩歩さん。東京から京都へ拠点を移したことが絶景プロデューサーとしての活動にもいい影響をもたらしたのだそう。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「環境を変えたくて決めた京都移住ですが、結果的に“好きなこと”をより深めることができる土地だったのはよかったですね。住んでみて分かったこともたくさんありますし、何より絶景プロデューサーとしての幅が広がったという意味でも、関東から関西へ移ってよかったです」

京都に移住してから、仕事もプライベートにも深みが出たという詩歩さん。ここからは絶景プロデューサーとして歩むようになったきっかけや、SNSを中心としたコンテンツ作りにおける彼女ならではの視点をうかがいます。

新入社員研修をきっかけにはじめた「絶景プロデューサー」という仕事

国内外の絶景を巡り、ときにありふれた景色のなかから絶景を発掘している詩歩さん。いまや絶景コンテンツのパイオニアである彼女ですが、「絶景プロデューサー」になったきっかけは、新卒で入社した広告代理店での新入社員研修でした。そのテーマは、当時(2012年)日本に上陸したばかりのFacebookを使いこなそう! というもの。新入社員が各自でがFacebookページを立ち上げ、2ヶ月間で獲得した「いいね!」の数を競うという内容だったそう。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「そのときに作ったのが、いまのメインコンテンツである『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』です。私は負けずぎらいだから、絶対1番になりたくて。どんな内容だったら、たくさんいいね! してもらえるだろう? と、じっくり戦略を練りました。そこで、Facebookの特徴は写真が大きく出るかつグローバルであるということだから、ページのテーマを『旅行』にしようと決めたんです」

負けずぎらいだと自負する詩歩さんは、テーマを決めてからどんなアプローチをしたのでしょう?

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「旅行に関するコンテンツを作るなら、どんなものが刺さるだろうと考えた結果、写真が大きく表示されるなら、ビジュアルがいいもの=「絶景」にたどりつきました。もともと私は旅好きだったんですが、絶景を目指して旅したことはなかったから、自分自身も興味が沸いたジャンルというのもあります」

詩歩さんのFacebook『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』

小さなことに全力で取り組めば、やがてそれが大きな財産になる

戦略的に決定した「絶景」というテーマですが、タイトルにある「死ぬまでに行きたい」という言葉は、自身の体験から生まれたものだったそう。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「大学の卒業旅行で交通事故にあい、九死に一生を得たことがあって。その体験から『行きたい場所があるなら、死ぬまでに行っておいたほうがいいよね』という思いを込めてつけました。研修の結果は、約2万の『いいね!』をいただけて、1位に。いままでで一番頑張った! と言えるくらい、やりきりましたね(笑)」

「いまはInstagramなどの“絶景”と相性がいいSNSが多くありますが、当時はSNSといえばまだTwitterくらいしかなかったので、新鮮だったのかもしれません」

「どうでもよさそうなことでも、きちんと取り組めば人生すら変わるものだなって。そこからいろんなきっかけが重なっていまがありますが、あのとき絶景というテーマを選んでいなかったら、いまも会社員を続けていたんじゃないかな」

「SNSは子供みたいなもの」。手をかけることで育っていく楽しさ

研修が終わったあとは、制作したFacebookページを更新しなくなる同僚も多かったといいます。ですが、詩歩さんはこまめに更新を続けました。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「SNSは子どもみたいなものなので、定期的にアクションしないと維持できないし、メディアにはなりえません。当時はそこまで深く考えていませんでしたが、せっかく作ったので、忙しかったけれど定期的に写真をアップしてコメントを返したり、海外の人も楽しめるように英語の説明をくわえるなど、ずっと面倒をみていました。結果、その年の末には45万いいね! まで増えて、新卒1年目で45万人のメディアを持ってしまった! という感覚でした」

その翌年に書籍化のオファーがきてから、「絶景プロデューサー」としての仕事をスタート。「その書籍が、有り難くもたくさんの方に読んでいただけたのはうれしかった」

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「実は副業ができない会社だったため、書籍の制作は特例で作らせていただいたんです。なので、ほかのお仕事はすべて断らなければいけなかった。もったいないなと感じたし、私にしかできない仕事はどちらなんだろう? と考えて、2014年の4月に“絶景プロデューサー”として独立しました。そこから走り続けていたら、いまに至っています」

読む人が主人公。詩歩さんの一冊は「行きたい場所が見つかる本」

独立するきっかけとなった、2013年発売の著書「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」(三才ブックス)は、現在までに6つのシリーズを展開。「『旅行のガイド本』ではなくて、“行き先を探す本”にしたかった」と話すこれらの書籍にも、詩歩さんのとことんこだわる性格が垣間見えます。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

これまでに「日本編」、「ホテル編」、「体験編」など、さまざまなシリーズを出版しました。写真は6作目の「死ぬまでに行きたい!世界の絶景 ガイド編」(三才ブックス)

「私自身が、エリアごとに分かれている旅本ではなく『どこに行こうかな?』ってわくわくしながら旅先を探せる本がほしかった。例えば写真集を見て『ここ、行きたい! どこだろう?』と思っても、撮影場所が書いていないことが多いんですね。それに、そもそも目的地が決まっていないとガイドブックも選べない。なので写真集とガイドブックの間のような本がほしいという気持ちがあったんです。だから、メインは写真。おおまかな予算や行程は添えたものの、シンプルな情報のみにしました。振り返ってみると『こんな本があったらいいな』という気持ちがきっかけになっていますね」

きた経験から生まれた一冊です。「難しい文法を駆使しなくても、ほんの数単語からなる文章で目的は伝わります。そんな “旅で覚えておきたいフレーズ”をシンプルにまとめました」

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「これまで発信してきたものすべてに言えることですが、あくまでも主役は読み手のみなさんです。そして、発信する写真や内容は『行き先は決まっていないけれど、どこかへ旅に出たい』っていう人と同じ目線。それは私が『旅を済ませた人』じゃなくて、『旅をしたい人』だったというのが大きかったかもしれません。もし世界中を周り尽くしていたら、そこで得た情報をより詳しく伝えたくなっていたと思うから」

情報が多すぎすぎない、旅するときを想像しながら読める本。そのこだわりは、装本にもありました。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「わくわくしながら旅先を探してもらうなら、寝る前にパラパラと読んでそのまま眠りにつけるくらい気楽な一冊にしたいなと。なので使っている紙も、あえて軽く柔らかい素材を採用しています。写真をぱきっと出すならもっと分厚くて硬い紙のほうが向いているんですが、印刷所の方にも相談にのっていただき、理想の旅本を届けることができました」

届けるのは、自分の旅ではない。見ている人が主役になれるコンテンツ

著書やSNSなど、詩歩さんの発信するコンテンツには「主人公になった気持ちで楽しめる」という共通点が。そこに、彼女ならではの魅力があります。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「『見ている人が主人公になれる内容にしたい』というのは、Facebookページを作ったときから考えていました。Facebookを育てるにはシェアされることが重要なんですが、シェアするときって、だいたい自分のコメントを添えるじゃないですか。そのときにアップした側の情報が多すぎると、そこからさらにシェアされづらいなと感じたんですよ」

「Facebookに限らずですが、私は余白があるコンテンツが好き」と詩歩さん

「シンプルで余白があるほうが『ここ、行ったことがある!』『自分はここ住んでいるの』という人、それを見て「行きたい!』と思った人など、いろんな立ち位置の人が自分色の投稿にして、楽しみながらシェアできるんじゃないかなと。なのでFacebookに関してはあまり自分のキャラクターを入れすぎず、引き算をしました。写真と簡単な説明だけという百科事典みたいなシンプルさだったからか、絶景プロデューサーをはじめたころに、初対面の方には『おじさんが運営しているのかと思っていた!』ってよく驚かれましたね(笑)」

いまは多くのSNSがあります。詩歩さんも時代の変化にあわせて、InstagramやTikTokもスタートしました。「はじめはFacebookだけだったのに、いまはたくさんのSNSがあって大変です(笑)」と話しますが、そこには、心の“余白”を持たせているそう。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「それぞれのSNSには、役割や目的別の相性があります。同じ場所や内容を紹介するにしても、SNSごとにフォーマットや刺さりかたもまったく違うので、ぜんぶ違う素材を用意して作るんですよ。主にFacebook、Instagram、TikTok、Twitterを使っていますが、すべて全力でやると疲れちゃうので、『Twitterだけは力を入れずに楽しむ!』って決めています(笑)」

Twitterは、詩歩さんにとって“素”のSNS。「ここだけは、どうでもいいことを思いたったときにつぶやくメディアにしてます」

「気ままに楽しめる“余白”があるからこそ、情報発信するためのSNSとのメリハリが付きます。それは日常生活にも言えることで、どこかにほっとしたりわくわくできるモノやスペースを作っておくことがとても大事。私の場合はそれが、日本の歴史を感じられる町歩きやカフェ巡りでした。まったく縁のない土地に行ってみたら偶然、東京にいるころにはなかった“余白”ができたんです。だからこそ、毎日がより豊かな時間に感じられています」

緊急事態宣言も明け、ようやく外を出歩くことができるようになり旅に出かけようと思う人も多いのでは。

詩歩さん(以下:詩歩さん)

「マンネリを感じたときは思いきって活動エリアを変えてみると、予想以上に得るものは大きいかもしれません。移住はハードルが高いので、行ったことがない土地へ旅するのもいいと思います。案内した絶景がそんなきっかけになればうれしいですし、だから私は、旅することが大好きなんです」

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