古代から受け継ぐ自然の恵み。純温泉協会が日本の観光資源を守る

純温泉協会代表 | 山口貴史

日本の観光資源として多くの観光客が足を運ぶ温泉。しかし現在、日本では自然のままの温泉がどんどん失われつつあり、放置していれば絶滅は時間の問題とも言われています。そんな状況に警鐘を鳴らすべく純温泉協会を起ち上げた山口貴史さんは、草の根的な活動で日本の温泉の保護活動に打ち込んでいます。

山口貴史

純温泉協会代表 | 山口貴史

やまぐちたかし/1971年生まれ。2005年頃から温泉巡りを開始し、2010年に温泉ソムリエの資格を取得。2011年に天然のままの(自然のままの)温泉を紹介するサイト「源泉かけ流しどっとねっと」を起ち上げ、雑誌やテレビなどでも温泉情報を発信する。自身で取材を進める中で自然のままの温泉が減少傾向であることに危機感を抱き、2019年に純温泉協会を設立。純温泉®の定義を制定し、天然温泉の普及に尽力している。2021年6月に一般社団法人化。

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日本が誇る観光資源の一つとして世界中の人々に愛されている温泉。全国各地に2万箇所を越える源泉があると言われており、「源泉かけ流し」「天然温泉」という言葉は、今や温泉に馴染みがない人にも聞き覚えのあるフレーズとして浸透しています。コロナ禍以前にはインバウンド効果で温泉地も盛況を極めていた一方、肝心の温泉そのものの純度が徐々に失われつつあるという事実はあまり知られていません。

 

このような状況に警鐘を鳴らすべく、「純温泉®」という定義を打ち立て、本物の天然温泉の普及に尽力しているのが一般社団法人 純温泉協会で代表を務める山口貴史さん。協会設立に対する思いや活動内容、そして、意外なことに国でさえも明確な基準を定めていないという天然温泉の未来や課題についてお話を伺いました。

山口貴史さん(以下:山口さん)

純温泉協会を設立し、幅広い層に向けて温泉の魅力や奥深さを発信する山口さん

純温泉協会では、基準を満たした温泉に対して認定証を発行。これまではっきりした定義がなかったという天然温泉に明確な基準を設けたきっかけには、世間の温泉に対するイメージを変えたいという思いがありました。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「温泉の定義は1948年に国が温泉法によって定めているのですが、自治体の条例などで少しずつ解釈が違っており、温泉の利用状況が様々なんですね。本当の天然のままの温泉って、入った瞬間、お湯が生きているというか、ふわっとした肌触りや細胞が喜ぶ感覚があるのですが、多くの施設が一般のニーズに合わせすぎたことで、どんどんその質が劣化しています。また、源泉かけ流しという言葉に実は明確な定義がございません。なので、源泉かけ流しと謳っている温泉であっても、天然のままの温泉とは限らないのが実情です。現在、日本に2 万ヶ所程度あると言われている温泉施設の中でも当協会で定めている純温泉®のラインを満たすものは3000ヶ所ぐらいと思われます」

この状況を改善するために山口さんが設定した純温泉®の定義は次の通り。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「循環ろ過装置を使用して湯を使いまわしていないこと、入浴剤を使用していないこと。ちょっとしか出ていない源泉に湯や水でかさ増ししているのもNGです。そして、塩素系の薬剤で浴用の湯を消毒していないこと。これをやってしまうと温泉が死んでしまうので。かけ流しではなくてもお金を入れて蛇口をひねれば出てくる溜め湯式の温泉や、源泉を適温にするための加水や加温はOKとしています。そして、清潔さを保つための衛生管理や清掃を責任を持って行っていること。当協会では、これらの条件を満たしている施設を5つのパターンに分類し、ホームページで紹介しています」

山口さんがおすすめする関西の純温泉®を要する施設について教えていただきました。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「まずは、関西随一の秘湯と言っても過言ではない奈良県十津川村にある上湯温泉の露天風呂。かなり細い道を数キロ走らないとたどり着けないのですが、川沿いにある広い露天風呂は開放感抜群。お湯はツルツル感を有し、ゆで卵臭の香る美肌の湯です。ただし、露天風呂は男湯のみになり、女湯はその上のコンクリートの建物の中にあります。浴槽は男湯よりも小さく半露天になりますが、その分、お湯は新鮮です」

享保年間に発見されたという十津川村の上湯温泉。川沿いの露天風呂から絶景を臨みながら入浴が楽しめます

「2つ目は、兵庫県の有馬温泉 上大坊。有馬温泉は日本人なら誰もが知る名湯ですが、全国的に見ても特殊な温泉で、塩分濃度が海水よりも高く、鉄分もたっぷり。こちらの金泉も赤だしのような色温泉で、かなり体が温まりますので長湯に気を付けて」

「3つ目は和歌山県の花山温泉。関西最強と言われるほどさまざまな成分を含んだ濃厚な温泉で、冷たい源泉浴槽と温かい加温した浴槽を交互に入れば血行が抜群に。飲める温泉として飲泉所も設けられていますが、ミネラルを大量に含んでいるので、初めて飲んだ人は独特すぎる味わいに面食らうかと思います」

高濃度で湧出するにごり湯を直接湯船に注ぎ込んでいる和歌山県の花山温泉」。温度の種類も複数あり温冷浴に最適

家具の名産地との繋がりをきっかけに温泉の道へ

大阪市東住吉区出身の山口さんは、高校卒業後に九州の大学に進学したことが後の温泉との出会いに繋がっていきます。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「子どもの頃は、特に温泉に興味があったわけではなく、たまに家族旅行で露天風呂のある宿に行くぐらいのものでした。それが33歳の時、前年に結婚した妻を大学時代の友人に紹介するのも兼ねて温泉旅行でも行こうかということになったんです。そのぐらいから大阪のスーパー銭湯にも通ったり、にわか温泉好きみたいにはなっていたんですね。九州の旅行では黒川温泉や由布院、熊本など定番の温泉地を巡って楽しんで帰りました。本格的に温泉の世界に足を踏み入れるのは、それからもう少し後のことですね」

山口さんの温泉への道、そのルーツは九州にありました。写真は山口さんが温泉に目覚めるきっかけとなった山川温泉の共同浴場

「大阪に祖父所有の空き家があり、リフォームして週末だけカフェをやることになったんです。店の設備を揃えるため中古家具をネットで探していたら、家具で有名な福岡県大川市のお店が、良質な新品をすごく安く出品されていて。興味が湧いてメールでいろいろ質問していたら次第に仲良くなり、当時の仕事の出張で熊本に行った時に足を伸ばしてお店に挨拶に行ったんです。そうしたら『今ちょっとネットショップを考えているんですけど、やってくれません?』と言われ、これもなにかの縁だと思いお受けして。その後、店が大手通販サイトに移り、その店長をすることになり、打ち合わせや商品画像を撮るためにたまに大川に行って、空いた時間に温泉を巡るようになりました」

にわかから徐々に温泉への思い入れを深めていきつつあった山口さんが、本格的にその魅力に開眼したきっかけには、ある2つの名湯との出逢いがありました。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「1つは熊本の山鹿温泉。熊本の人なら誰でも知っているけど全国的には知名度が低くて。桜町温泉という昭和初期からありそうな木造の共同浴場で“お湯が生きている”という現象を体感したんです。その直後に、同じ熊本県の山の中にあるわいた温泉郷というところにある山川温泉共同浴場でも生きたお湯を体感し、この2ヶ所で温泉の真髄を知りました。それからは本物の温泉、源泉かけ流しと言われているところを調べて巡るようになりました」

取材で全国をかけ回り、深みのある情報を届けた山口さんのホームページは、さまざまなメディアで話題に。こちらは、山鹿温泉の共同浴場・桜町温泉。残念ながら2019年に廃業してしまいましたが、温泉ファンの間では今も語り継がれている名湯です

本物の温泉に衝撃を受けた山口さんは、この自然の恵みを紹介し、広く知ってもらうことをライフワークとするための行動に移ります。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「世間一般の人が温泉旅行に行く際に参考にする雑誌やテレビなどで見る情報って、料理や露天風呂からの景色など、雰囲気を伝えるものばかりで、お湯のことってほとんど触れられていないんです。それで私のように本物の温泉を探している人は少なからずいるだろうから、自分で紹介しようと思って。せっかくやるならなにか肩書きがあったほうが良いと思って探したら“温泉ソムリエ”なるものを見つけたので温泉ソムリエセミナーに参加し、めでたく温泉ソムリエに。2011年から『源泉かけながしどっとねっと』というサイトを開設し、全国各地の源泉かけ流し温泉を取材し、掲載するようになりました」

温泉に身を捧げることを決意した山口さんは、ライフスタイルも一変。それまで趣味の上位を占めていた車への向き合い方も変わるように。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「車は昔から大好きで、学生の頃にハチロクと呼ばれるスポーティーな車に乗って峠を走ったり、レースに出場したりしていました。ところが、これ系の車種って車高がちょっと低く、山奥の温泉地なんかに行くと、急な坂で底を擦るんですよね(笑)。温泉にハマってから全国各地のそのような場所に行くことになったので、もう、ここは買い替えだろうと。それで初めて車高の高い4WDに乗り換えたんですけど、めいっぱい走ったら最近、寿命を迎えてしまい、今はもうちょっと小回りの利く車に乗っています」

山口さんが温泉取材をする際のアイテム。撮影に関してはデジタルカメラを何台も買い替えましたが、近年はスマートフォンをメインに使用しています

「源泉かけながしどっとねっと」での活躍ぶりにより雑誌やテレビなどのメディアで温泉について語る機会が増えていった山口さんでしたが、それでもなお止まらない本物の温泉の減少傾向を食い止めるべく、自身が先頭に立って温泉を守るために純温泉協会の設立を計画します。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「一般の方々の中で、本物の天然温泉に興味を持っている方って、ごく一部なんです。結局、それでは廃れてしまう一方なので、その魅力や真髄を知らない人たちに訴求しなければと思い、協会を設立しました。個人的な理由では、それまでメインでやっていた仕事が終了し、自分の人生にも大きな選択を迫られていたので、『よし、ここは自分の人生、まるごと温泉に捧げよう!』と決意しました。とはいえ、自分なんかがそんな大それたことをしても良いのかと思って、しばらくは悩みましたね」

純温泉®の未来をのためにできること

2019年5月、令和になってすぐのタイミングで設立された純温泉協会ですが、これまでになかった温泉の価値基準を受け入れてもらうための活動や、設立から間もなくのコロナ禍など、前途多難な中での船出となりました。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「協会の趣旨を説明するために全国を回っていますが、『よくぞ、やってくれた!』と言ってもらえることもあれば、門前払いを受けることもあるなど、反応はさまざま。コロナの蔓延以後は、なかなか動けなくなっていますね。これまでに約120軒の施設が協会に加盟してくださり、年会費をいただくことでなんとか運営していますが、新たに、企業からの協賛を募ったり、温泉にまつわる新たな事業を展開するなど、の展開も始めています」

温泉に関するセミナーなど講演活動も積極的に行っています

現在、新規事業としては、コンサルティング業務をすでに始めており、温泉の質を向上させたい施設や事業者からの依頼を受け付けています。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「以前、大学を卒業してすぐの頃に勤めていた会社から、『今、温泉の案件を抱えていて、相談したいねんけど』と電話をいただき、現在の温泉の事情や純温泉®についてのプレゼンテーションをしたところ、リニューアルの提案をさせていただくことになりました。純温泉®ではなかったところを変えていったり、さらに良くしていくことはもちろん、もともと建築設計の仕事をやっていたので、内装、外装などをこういう雰囲気にしてはいかがですか、という提案もさせていただきたいと思っています。講演会などもご依頼いただけましたら喜んでお受けさせていただきます!」

今後の展望について、山口さんは国にも働きかけ、日本の温泉の状況改善を図るという大きな目標を掲げています。

山口貴史さん(以下:山口さん)

「最初にお話したように、現在、自治体の条例等による行政の温泉施設への指導内容もあいまい、かつ管理している人たちの中には温泉をよく理解されていない方もいらっしゃるので、まずは行政と一緒に明確な基準作りができればと思っています。保健所でも安全性を重視するほど塩素を入れる指導傾向にあるのですが、ボーダーラインが決まっていれば過剰な消毒で温泉を死なせずに済むので、これは早く進めたいですね。その結果、日本のすべての温泉施設に、1つは純温泉®に該当する浴槽があるという状態にするのが私の最終目標です。あと、やはり今はコロナ禍で旅関連の発信が難しいのですが、さまざまなメディアを通して少しでも純温泉®の魅力を伝えていきたいですね」

行政と連携しての基準づくりを進め、純温泉®の浴槽が一つでも増えるように尽力しています

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山口さんおすすめ三湯

山口さんおすすめ三湯

①上湯温泉
享保年間に発見されたと言われている上湯川上流に湧く温泉。十津川温泉から西へ約5kmの位置にあり、大自然の落ち着いた環境の中、絶景を臨みながら入浴が楽しめる。

②有馬温泉 上大坊
日本有数の名泉である有馬温泉の老舗温泉宿。浴室の金泉はよりも濃い塩分を含む、赤茶色の湯が特徴。同地域の温泉の中でもとりわけ濃度が高いことで知られる。

③花山温泉 薬師の湯
和歌山駅から最も近い場所にある温泉宿として知られる。茶褐色のにごり湯は炭酸や鉄分、マグネシウム、カルシウムなどを多くの成分を含み、4種の浴槽を入り分けて温冷浴が楽しめる。

①上湯温泉

住所/奈良県吉野郡十津川村出谷220

電話番号/0746-63-0200(十津川村観光協会)

営業時間/9:00~17:00

定休日/木曜

入浴料/大人500円、小人300円

 

②有馬温泉 上大坊

住所/兵庫県神戸市北区有馬町1175

電話番号/078-904-0531

営業時間/立ち寄り湯15:00~18:00

定休日/不定休

入浴料/立ち寄り湯1,000円

 

③花山温泉 薬師の湯

住所/和歌山県和歌山市鳴神574

電話番号/073-471-3277

営業時間/立ち寄り湯8:00~22:00(最終受付21:00)

定休日/木曜10:00以降(祝日の場合は営業)

入浴料/大人1,100円、小人550円(17:00以降は大人850円、小人420円)

 

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