フレキシブルな表現で注目を集める作家が教える、限りなく自由な現代美術の楽しみ方

カメラマン、現代美術作家 | 木村華子

数あるアートの中でも独自性が高く、難解なイメージを持たれがちな現代美術。実はとても自由なこのジャンルの楽しみ方を、カメラマンで現代美術作家の木村華子さんに、ご自身の作品制作のエピソードを交えながら伺いました。アートビギナーにおすすめのスポット情報にも要注目。

木村華子

カメラマン、現代美術作家 | 木村華子

きむらはなこ/1989年生まれ。同志社大学文学部美学芸術学科を卒業後、関西を拠点にフリーランスのカメラマンとして活動。雑誌、広告からポートレート撮影まで多岐にわたる活躍を見せる。現代美術の作品制作も行っており、「UNKNOWN ASIA 2018」「Sony World Photography Award 2020」など、さまざまな賞での受賞歴を持つ。総勢 11人のアーティストコレクティブ・Soulflexにもメンバーとして在籍し、アートディレクションと撮影などを担当している。

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「UNKNOWN ASIA」で現代美術の最前線へ

2000年代以降、全国各地でさまざまな芸術祭が催されるようになり、敷居が高く感じられていたアートが身近なものとして親しまれるようになりました。中でも作家の個性が際立つ現代美術は、音楽やファッションなど、ポップカルチャーとの親和性も高く、さまざまなメディアを介して気づかない間に身の回りにあふれているほど浸透しています。

 

雑誌やWEBでカメラマンとして活躍する一方、現代美術作家として作品制作を行っている木村華子さんは、独自の表現で評価を得て2018年、国際的なアートフェア「UNKNOWN ASIA2018」でグランプリを受賞。「存在する/存在していない」など、両極端と捉えられている事象の間に横たわる広大なグレーゾーンに触れることをテーマとした作品が、現在、アートシーンから大きな注目を集めています。

木村華子さん(以下:木村さん)

大学で美学芸術学に基づいたアート鑑賞を学んだ経験が作品作りに生かされています

木村さんの名を一躍広めた「UNKNOWN ASIA2018」。当時、作品の準備中だったという木村さんはどのような経緯で参加をしたのでしょうか。

木村華子さん(以下:木村さん)

「自分が出展する前年、母がたまたまチケットをもらったので展示を見に行ったんです。作品に刺激を受けたのはもちろんですが、それぞれのブースにいるアーティストともお話ができ、直接コンセプトを聞けたことが、とても印象に残っていました。その後、私がそろそろ自分の作品を制作しなければと思っていた時に、取材撮影に伺った作品展の関係者から『UNKNOWN ASIA』に出してみたら?』と言っていただき、自分の作品の形態ともマッチしそうで、これはいいかもと思って応募しました」

『UNKNOWN ASIA2018』でグランプリを受賞した木村さんの作品。真っ白な看板と突き抜けるような青い空のコントラストが目に焼き付きます

木村華子さん(以下:木村さん)

「出展作品の『SIGN FOR [           ]』は3〜4年ぐらいの時間をかけて制作していたもので、何も描かれていない真っ白なビルボードというのが、まず自分の作家性とマッチしました。それを雲ひとつない青空の日に撮影するというルールを徹底することで作品の強度を高め、撮りためているうちに手応えを感じたので、さらに青い光のネオンで立体的な要素を加えて完成させていきました」

満を持して発表された作品、「SIGN FOR [           ]」は審査員の高評価を得て、みごとグランプリを獲得。通常のアートフェスタとは趣が異なるライブ感あふれる審査に大きな衝撃を感じました。

木村華子さん(以下:木村さん)

「会場には審査員の人とレビュアーの人が2段構えで待機していて、両者がブースをグルグル回って、いいと思う人の作品が展示されている壁にどんどんシールを貼っていくんです。そこにお客さんもWeb投票するんです貼られたもののトータルで評価が決まるのですが、展示中、ひっきりなしに誰かが来て作品を評価するので、作家にとっては本当に恐ろしいシステムですよね(笑)。それで私のところにみるみるシールが増えていって、めちゃくちゃ驚いたのですが、このグランプリを受賞したことで、今後は写真にこだわらず、もっと多様な手法を取り入れた作品を作っていこうと思うようになりました」

2019年には中国で開催されたアートフェアに進出

アートが身近になったとはいえ、現代美術が実際にどのようなものか、馴染みがない人が多いのも実状。しかし、作家として最前線で活躍する木村さんがどのように魅了されたかを知れば、現代美術の楽しみ方をが見えてくるかもしれません。

木村華子さん(以下:木村さん)

「現代美術の醍醐味って、紙の束を美術館に2つ置いて自由に持って帰ってもらうとか、置いてあるアメを持って帰ってもらい美術館が補充するとか、仕組みさえ作れば、あとは観る人に解釈を委ねて、そこで起こる現象を体感したり考えるといった自由さにあります。アーティストが実際に手を動かさなくても作品が成立するというのも魅力の1つ」

2021年に催された個展「@Same_Not_Same」より。同じようで少しずつ違うぬいぐるみの表情が、タイトルを象徴しています

木村華子さん(以下:木村さん)

「私の好きなライアン・ガンダーというアーティストは、車椅子で生活していて、自分は作品のコンセプトや形にする際の構想など幹となる部分は彼自身が行っていますが、実際に物として完成させる際には多くのスタッフや外注の業者の力を借りています。それでも柔軟にさまざまなタイプの作品を生み出しているし、アンディ・ウォーホルもファクトリーという制作スタジオを作って、主たる作業以外はスタッフにやらせているなど、現代美術の世界における、このような制作方法には、私自身すごく勇気づけられました」

木村華子さん(以下:木村さん)

「たとえ寝たきりになっても機械を使って目の動きでコンセプトを書いてキュレーターに託せば、それが作品になりますし、身体性を超えたものを作品として成立させるのは、アーティスト個人の可能性を広げる希望に満ちた行動だと思います」

美術学、音楽、カメラ。さまざまな学びや表現が作家活動の礎に

京都出身の木村さんは、学生時代、アートや音楽に興味を持ちながらもシビアに現実を捉え、自分の実力ではそのジャンルで生計を立てることは難しいだろうと感じでいましたが、大学二回生の頃に心境に変化が訪れます。

木村華子さん(以下:木村さん)

「木津川市という奈良との県境ギリギリのところで育ちました。中学・高校は吹奏楽部でサックスを吹いていて音楽を頑張っていたのですが、だからといって自分の実力で、音楽で食べていけると思っていたわけではなくて。大学も美術大学や芸術大学に興味はあったけど、アーティストでやっていくなんて無理だろうと思って早々に諦めていました。もともと現実的でシビアな子どもだったので(笑)」

学生時代は音楽に打ち込み、サックスプレイヤーとして腕を磨いていました

木村華子さん(以下:木村さん)

中学から通っていた同志社に大学もそのまま進むことになったところ、気になる学科がいくつかあって、その中から文学部の美学芸術科に進むことにしました。美術史や美学芸術概論などをベースに作品を見るという勉強をする学科で、宗教画にリンゴが書かれているのはこういう意味がるとか、こういうバックボーンがあって、こういう時代だったからこういう表現になったみたいなことを日々、調べていました。建築様式やアニメキャラクターの描かれ方など、結構幅広いジャンルの考察を行い、私は卒業にあたりハンス・ベルメールの球体関節人形の写真に関する論文を書きました」

学業に打ち込む一方、中学から続けていた音楽も継続していましたが、ここでの苦い経験が後のカメラマンの仕事や作家活動に繋がることに。

木村華子さん(以下:木村さん)

「軽音楽部に入ってジャズやファンクなどをやっていました。2年生の時にビッグバンドに入って、全国規模の大会に出ることになったんですけど、同志社のビッグバンドはコンテストに強く、必ず10位以内に入るので、毎年シードで出場できるほどで。それに向けて四六時中、練習ばかりやっていたんですけど、1年間続けていたら燃え尽きてしまい、そのバンドはやめることにしました。時期的に周りが就職に向けて動き出していたのに、私は燃え尽き方が半端じゃなかったせいか3ヶ月ぐらい何もやる気が起きなくて……。それで、美術館に行ったり、デジタルカメラでいろいろ写真を撮ってブログに載せるということをやりだしたんです」

無気力に陥りそうになっていた木村さんは、カメラを手にしたことで新たな世界への扉を開きます。

木村華子さん(以下:木村さん)

「掲載用に写真の色調整や編集などをしていたらだんだん楽しくなってきて、『これだけ楽しいんだったら私、カメラマンやれるんじゃないか!?』と急に思い立って(笑)。当時、他に特にやりたいことがなかったのと、リーマンショックで就職も超氷河期だったので、みんなが就活しているのを横目に私は、週1回の短期のカメラの専門学校に通い出し、初めて一眼レフのカメラを買いました」

在学中からブライダルなどの現場でカメラマンとしての働き始めた木村さん。卒業後しばらくはアルバイトの掛け持ちをしながら生計を立てていましたが、本格的にカメラマンへとシフトするために一大決心をします。

木村華子さん(以下:木村さん)

「カメラ関連ではセレクトショップの商品撮影やロケのアシスタントなどもしていて、それ以外にも4つほどアルバイトを掛け持ちしながら、ふわっと過ごしていました。大学を卒業してからも半年ぐらい同じような状態だったんですけど、さすがにこれではカメラの腕が上がらないと思って。たまたま見かけた撮影スタジオの求人に募集したら受かったので、他のバイトをグッと減らし、そのスタジオに週5〜6日行くようになりました。その会社が結構ハードで、人物写真を撮影したら、お客さんが待っている間に素早くレタッチをしてすぐに見てもらうなど、下積みもない中、実戦でどんどん仕事を覚えていきました」

雑誌やWEBなど、関西を中心にさまざまな媒体でカメラマンとして活動。グルメから人物まで幅広いジャンルの撮影をこなします

木村華子さん(以下:木村さん)

「大変でしたが写真を撮ることが本当に楽しかったので、苦に思ったことはなかったですね。その仕事が落ち着き出した頃、受講していたカメラの専門学校の先生から誘ってもらい、展示型のコンペに初めて自分の作品を出展しました。受賞には至らなかったけど、それが、後に作家として活動するきっかけになりました」

カメラマンと作家。スタンスの違い

初めての出展で専門家による評価など、大きな学びを得た木村さんは、以後、制作の方向性を現代美術にシフト。写真を主軸にした作品も制作していますが、仕事の撮影と作品制作で扱う写真は、まったく別物なのだとか。

木村華子さん(以下:木村さん)

「作家として活動し始めた頃は、作品も平面のものが多かったのですが、次第に立体的であったり、短文や音楽を付けるなどインスタレーションのような方向に向かっていき、作品制作において、写真を撮ることは自分の喜びではないと気付いたんです。自分の表現に対して親和性があるので手段として便利に使っていますけど、別に立体作品で完結できるのなら写真は使わないと思います」

2016年に催された個展より。「写真はあくまで表現手段の1つ」と語るように、平面だけでに留まらない表現で独特の世界観にを引き込みます

木村華子さん(以下:木村さん)

「これは、大学でロジカルなアプローチで作品を見て現代美術を好きになり、表現方法にも偏ったこだわりがなくなったことが影響しているのかも。ただ、カメラマンとして写真を撮ることは本当に大好きで、現場でさまざまな人とお会いし、お話を伺うことで自分の経験が蓄積されるのは、このお仕事ならではの醍醐味だと思います」

これまでの活動を通じ、音楽やファッションの分野とも深いつながりを築いてきた木村さんは、ポップカルチャー方面でも活動していきます。

木村華子さん(以下:木村さん)

「ミュージシャンを中心に関西で活動している11人のアーティストが集結しているSoulflex(ソウルフレックス)という集団があって、私も2014年からフォトグラファー兼アートディレクターとして参加しています。最初はメンバーのSIRUPと知り合って、アーティスト写真を撮って欲しいと声をかけてもらい、そのままメンバーに加入しライブ写真を撮ったり、アルバムのビジュアルを作るようになるなど、比較的自由にやらせてもらっています。大学でスパッと音楽をやめたけど、今でもこのような音楽的なアプローチに関われているのは本当にうれしいですね。今後、作家としての活動は、コンスタントに展示をしたり、3年に1回ぐらい新作を発表して、できる限り長く続けていきたいなと思っています」

11人の精鋭が集ったアーティストユニット・Soulflex。ハイセンスなサウンドとビジュアルが関西の音楽シーンでも異彩を放っています

最後に、現代美術を知るため、まずは気軽に作品に触れてみたいというビギナーに向けて、木村さんお勧めのスポットを教えていただきました。

木村華子さん(以下:木村さん)

「現代美術の展示って、美術館だと解説が難しく書かれているものが多いし、慣れない人がお金を払ってまで理解ができない作品を鑑賞するのって結構ハードルが高いと思います。そこでお勧めしたいのが、大阪・南堀江のTEZUKAYAMA GALLERY。街中にあるエントランスフリー(入場無料)のギャラリーで、1時間もあればじっくり作品を見ることができます。作品について質問をしたらギャラリーの方が丁寧に作品の解説をしてくれますし、運が良ければ作家が在廊していることも」

現代美術に触れるなら、まず足を運んでおきたいTEZUKAYAMA GALLERY。入場無料で最先端のアートが楽しめます。 Kazuma Koike 'solo exhibition' / 2020 / Photo: Hayato Wakabayashi Courtesy of TEZUKAYAMA GALLERY

木村華子さん(以下:木村さん)

「作家がどんなものに影響を受けているか、どんな気持ちで社会に向けてアプローチをしているかなど、背景にあるものを聞くことで理解が深まることもありますし、たとえ分からなかったとしても『これ、きれい!』『どうやって作っているの?』など、目の前の作品を集中して見るだけでも豊かなひとときを体感できると思います。もし今回、記事を読んで現代美術に興味を持たれたら、ぜひ足を運んでいただきたいと思います」

9/17〜10/17の金土日祝、京都のKAGAN HOTELにて開催される木村華子 個展”[ ] goes to Gray”

木村華子さん(以下:木村さん)

「また次回の私の個展も9月17日から10月17日(金土日祝のみオープン)まで、京都のKAGAN HOTELにて開催します。こちらはホテル内のカフェとギャラリー内で展示するので、いきなり現代美術専門のギャラリーに行くことを身構えてしまう方でも気軽にお越しいただけるかと思います。もちろんスタッフや、在廊している日であれば私がいくらでも解説するので遠慮なくなんでも訊いてください。私の作品から現代美術鑑賞にチャレンジしていただける方が増えたら、とても嬉しいです!」

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TEZUKAYAMA GALLERY

TEZUKAYAMA GALLERY

Satoru Tamura 'Point of Contact #7' / 2018 / Photo: Hyogo Mugyuda Courtesy of TEZUKAYAMA GALLE

アメリカ、ヨーロッパ、アジアで活躍する現代作家の作品を取り扱うギャラリー。日本の若手作家を中心に積極的に紹介し、個展、グループ展を企画。多彩な展示と関連イベントで大阪のアートシーンを活性化するべく活動している。

TEZUKAYAMA GALLERY

住所/大阪府大阪市西区南堀江1–19–27 山崎ビル2F

電話/06-6534-3993

営業時間/12:00~19:00

定休日/日・月・祝 ※展覧会会期中以外は、予告なしに休廊する場合あり

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