町おこしのパートナーは怪獣! 地底から目覚めたガサキングが尼崎のシャッター商店街を救う

精肉店店主、イベントスペース「とらのあな」大店長 | 森谷寿

ハリウッド映画でも「KAIJU」という呼称が認知されるなど、世界的に人気が高い日本の怪獣映画。兵庫県尼崎市の三和市場で活躍する怪獣ガサキングαは、その魅力に惹きつけられた人々がプロ、アマ問わずこぞってプロジェクトに参加し、全国にいるご当地ヒーロー、ご当地怪獣の中でも局地的な盛り上がりを見せています。

森谷寿

精肉店店主、イベントスペース「とらのあな」大店長 | 森谷寿

もりたにひさし/1953年生まれ。幼少時から怪獣や特撮に興味を抱き、学生時代には劇場でのアルバイトをしながら1ヶ月に70〜80本ほどの映画を鑑賞。映画業界でも知られた存在となる。大学卒業後、実家の精肉店を継ぎ、店がある三和市場の振興に理事としてかかわるようになる。2010年にイベントスペース「とらのあな」でスタートした企画「怪獣酒場」から、怪獣による町おこしのプロジェクトがスタートし、2016年、ご当地怪獣「ガサキング」が誕生。さまざまなメディアで取り上げられ、特撮ファンだけでなく一般層からも注目を集めている。

この記事をシェアする

シャッター通りをこじ開ける!怪獣ガサキングの使命

1954年、全世界に衝撃を与えた「ゴジラ」が誕生。日本では1970年代中盤まで、映画会社がこぞって怪獣映画を制作・上映し、ガメラ、モスラ、ラドン、キングギドラなど、多くの人気怪獣が誕生。テレビでの「ウルトラマン」シリーズの大ヒットもあり、子どもたちのカルチャーの中で、怪獣は重要な位置を占める存在となっていきました。そんな昭和の一大怪獣ムーブメントから時を経て、平成も終わりに差し掛かろうとしていた頃、兵庫県尼崎市で一体の怪獣が産声を上げました。シャッター商店街となっていた三和市場を盛り上げるために立ち上がった怪獣「ガサキング」。その誕生には、日本の特撮・怪獣を黎明期から体感してきた精肉店主・森谷寿さんの熱い思いが込められていました。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

尼崎だけに限らずさまざまな地方イベントにも出演しているガサキングα。今や怪獣ファンの間ではすっかりメジャーな存在に

かつては1日10万人が行き交っていたという三和市場。1995年の阪神淡路大震災以降、人の往来が減り、シャッターの閉まった店舗も多く見受けられるようになったこの商店街から、どのようにして怪獣ガサキングは誕生したのでしょうか。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「10年ほど前、自分の精肉店をやりながら、商店街の振興のために『とらのあな』というイベントスペースで『怪獣酒場』というイベントを始めました。特撮の現場に関わっている方々をゲストにお招きし、お話を伺っていたのですが、ある時、『新しい怪獣コンテンツがない今の時代に怪獣で町おこしをしたら面白いんじゃないか』という話で盛り上がって。それで、平成以降のゴジラシリーズでデザインを担当された西川伸司先生がゲストで来られた時に、ダメ元で『市場の怪獣をデザインしてくれませんか?』とお願いしたら、まさかのOK。そこから、今度は近年のウルトラマンシリーズを手がけられている田口清隆監督が、『教え子たちの作品発表の場を提供してくれるなら』という条件で、ムービーの監督をしてくださることになり、数万年の眠りから目覚めたガサキングが地底から現れる『大怪獣ガサキングα 三和市場に現わる』という作品を制作。ネットで公開したところ大きな話題となりました。その後に販売したデザイン画のポストカードやバッチ、フィギュアもことごとく完売し、おかげさまで人が入れるきぐるみを作ることができました」

基本的にデザインは西川さんにおまかせで発注されたガサキング。森谷さんから一点だけ出された指示には、長年、怪獣を見続けてきたからこそ譲れないこだわりがありました。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「二頭身やゆるい系など、ファニーな要素は入れず、子どもが泣いて逃げるような怖い怪獣にしてくださいとお願いしました。ガサキングを小学校に連れて行くと子どもたちの反応は3種類。怖がって逃げる子、泣く子、立ち向かってくる子。怖がっている子にも『大丈夫やで』と声をかけたら、だんだん近寄ってきてくれます。実際のところ、みんなに好かれるようなものってすぐに飽きられるんですよね。怖がられながらも少しずつ自分で確かめて興味を持ってもらえるのがいい。ガサキングはゴジラの血も、ウルトラ怪獣の血も引き、日本の怪獣の大事な要素が凝縮されているところが、みなさんの心をくすぐるのではないかと思います」

胸元や背びれ、手足の指の数などに三和市場の『三』を取り入れたガサキングのデザイン。実際には数種類のデザイン案が出され、写真のものは『ガサキングα(アルファ)』が正式名称

こうして世の中に登場したガサキングαは、特撮愛あふれるスタッフの尽力により、多くの同志を惹き寄せることになります。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「『大怪獣ガサキングα 三和市場に現わる』では、地元のみなさんがたくさん参加し、楽しんでくださったのが本当に嬉しかったです。冒頭に鉄板で餃子を焼いている外国人が出てきますが、あの人は『ゴジラvsキングギドラ』のアンドロイド・M11役、『ウルトラマンネオス』でウルトラセブン21に変身するエージェント役などで出演されているロバート・スコット・フィールドさんという俳優さん。自分から『特撮イベントやるなら僕も呼んで!』と電話して来てくれました。奈良在住、中華料理が得意ということなので、『じゃあイベントで餃子焼いて販売してくださいよ』とお願いして、あのシーンができたんです。西川先生や田口監督はもちろん、『仮面ライダーJ』に出演された望月祐多さん、神威杏次さんなども僕らのやっていることにシンパシーを感じてくださっていて、こんな繋がりから、どんどんガサキングの名前が広まっていったらありがたいですね」

現在、試作が進められているガサキングのフィギュア。完成したらα、βの両パターンが見られるかも?

鉄腕アトムとの出会った幼少期、映画館に入り浸った青春時代

森谷さんは生まれも育ちも尼崎。幼少時の思い出からは、雑誌や映画など、日本の児童カルチャーが発達していく様子がありありと伝わってきます。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「1953年生まれで、ゴジラより1歳年上です(笑)。人生で最初に好きになったヒーローは『鉄腕アトム』で、『少年』という雑誌に連載されていたものを読んでいました。『鉄人28号』『忍者ハットリくん』なんかも一緒に掲載されていて、一流作家が勢揃いのすごい雑誌でしたね。小学校の頃は体が弱かったので運動よりも本を読んでいることが多く、それでヒーローや怪獣の知識を得ていました。やがて仲良くなった友人たちと名画座でちょっと前に流行った特撮映画などを見に行くようになるのですが、当時、お金もなかったので、家にある大量の雑誌を紙屋さんで売ってお金を作って。店のおばちゃんが『そのお金どうするの?』って聞くから『大魔神』観に行くねん!と言ったら足りない分をおまけしてくれるんです。学校の前でもよく割引券を配ったりしていて、いい時代でしたね」

森谷さんが子どもの頃は娯楽=映画だった時代。尼崎市内にも30軒ほどの映画館があったとのこと。「夏場はクーラーが効いているからという理由だけで行っていました(笑)」

中学に進学した森谷さんは本格的に映画のめり込むようになり、特撮以外の作品にも興味を抱くように。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「中学1年生の時にリバイバルではない、リアルタイムで上映される作品を初めて友人たちと観に行くことになったのですが、オードリー・ヘップバーンの『おしゃれ泥棒』にするか『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』にするかで意見が分かれました。多数決でゴジラになったけど、『おしゃれ泥棒』も後で観に行きましたよ。映画は本当になんでも好きで、友人たちと配給会社の場所を調べては毎週のように遊びに行ってポスターなどをもらっていました。そのうち映画館の館主さんなんかが来る試写会に入れてもらえるようになり、時には隣で浜村淳さんが座っておられたことも。そのまま映画にどっぷりな生活を続け、大学生の時には1ヶ月に70〜80本ぐらい見て、バイトも映画館。当時は、黒沢清さん、周防正行さん、滝田洋二郎さんなど、今の日本映画で大活躍されている監督さんがピンク映画でデビューし、ユニークな作品を発表されていて、映画仲間から『面白い新人監督がいますよ!』なんて聞いたらすぐチェックしに行っていました」

特撮に限らず、映画全般に造詣が深い森谷さん。学生時代から劇場でアルバイトをしながら多くの作品を鑑賞するなど、映画にどっぷりな青春時代を送っていました

配給会社とも顔なじみで、業界と近い距離にいたことから映画館への就職の誘いもありましたが、森谷さんが選んだ仕事は実家である精肉店でした。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「趣味はあくまで趣味にしておかないと楽しみがなくなってしまうと思って。大学を卒業してしばらく経ってから、千葉で肉屋の修行をして実家の精肉店を継ぎました。とはいえ、修行中も休みの日には新宿や日比谷で映画三昧でしたけど(笑)。それでしばらくは本業一本で頑張っていましたが、三和市場がシャッター商店街になってきたことで僕も市場の理事として空き物件の紹介やイベントスペースである『とらのあな』の運営に関わるようになり、次第に『なんか企画してよ』と言われるようになって。当時は新しい怪獣映画のコンテンツが皆無な時期で、全国に怪獣ファンは一定層いるのに、たまる場所がない。そういう人たちのたまり場を作ろうということで『怪獣酒場』を起ち上げたところ、ありがたいことに入りれないほど人が来てくれました。それがだんだんと回数を重ね、後のガサキング誕生へと繋がっていきます」

全国から怪獣ファンが集うイベント「怪獣酒場」。写真は、育児保育の専門家で「こども研究所(怪獣ミュージアム)」代表・原坂さんによる怪獣の鳴き声あてクイズの様子

怪獣ファンとともに作り上げていくガサキングの未来

「怪獣酒場」やガサキングが話題になるにつれ、特撮ファンが足を運ぶようになり、三和市場に訪れる人の数も少しずつ増えるようになりました。しかし怪獣を使った町おこしという前代未聞の取り組みは、当初、怪訝な目で見られることもあったのだとか。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「市場というのは、戦後、物資がない時に服や食べ物を集めて売るようになったのが始まりですが、今、シャッターだらけの三和市場がそれで張り合っても勝ち目はありません。それなら我々は、もともとここになかったもの=カルチャーで町おこしをようと。今まで使い捨てにされてきたカルチャーを大事にできる場所として三和市場のことを知ってもらえたらいいなと思っています。以前は『怪獣で町おこしなんて、遊んでるだけでしょ』なんてよく言われていましたが、町おこしなんて、そもそもやっている本人が楽しめなかったら絶対に長続きしません。崇高なものと思っている人ほど疲れてやめてしまいますから。その点、僕らは、純粋に好きなことをやっているから、町おこしという題目がなくなっても、ガサキングでずっと面白いことをやっていけるのが強み。最近はテレビや雑誌など、さまざまなメディアで紹介してもらえるようになって、非難する人もほぼいなくなったけど、相変わらず『アホなことやってんなぁ〜』と思われてそうですね(笑)」

今や尼崎を代表する有名人になったガサキングα。のぼりや自販機のラッピングなど、市場内のいたるところに姿が見られます

誕生以来、徐々に知名度を上げているガサキング。今後の展開については、あくまでマイペースなスタンスでビジョンを描いています。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「2020年2月にスターダストプロモーションの関西在住男性アイドル・AMEZARI-RED STARSが歌ったガサキングのテーマ曲『GASAKING HERO』がリリースされたのですが、それを受けて今、ムービーの企画を準備中です。毎年行われているガサキングの生誕イベントでお客さんを交えて撮影が行えたらいいなと思っていて、タイトルはもう『イブの夜』で決定。2021年のクリスマスイブにネットで公開予定です。あと、できれば長編作品も撮りたいので、クラウドファンディングもやりたいと思っています。ただ、僕ら、遊ぶのは好きやけど金儲けが下手なので、返礼品をどうするとか、いまいちやり方が分からず止まってしまって……。これから専門家の知識をお借りして準備し、『イブの夜』公開に合わせてクラウドファンディングを開始したいと思っています」

クリスマスイブの公開を目指して制作準備が進められているガサキングムービー「イブの夜」の原作

型にはまらない自由な町おこしで独自のカラーを打ち出している三和市場。今後も特撮、映画、音楽といったカルチャーを通した発信に期待がかかります。

森谷寿さん(以下:森谷さん)

「今、芸大出身で映像の仕事をしている子たちが、作業場として市場の空き店舗を間借りしてくれているんです。設備的な問題で、本格的な撮影仕事の時は東京まで出向くことが多いので、もっと彼らの制作に適した環境づくりをしてあげたいですね。それができれば通常のスタジオよりも安く撮影に使ってもらえるし、歌や演劇の人ともシェアして、いろいろ発信をできるのではないかと考えています。『とらのあな』でも、『怪獣酒場』や現状のイベントだけでなく、もっと幅広いジャンルのイベントを企画できれば。怪獣好きな人は、ぜひガサキングのグッズを買いに来てください。最初は少し緊張するかも知れませんが、我々は、お互いの好きな怪獣の話をすれば自己紹介なしでも一気に距離を縮められる人種なので、その点は心配ご無用です(笑)」

西川さんをはじめ特撮・アニメの関係者たちのサインがずらっと並んだ一角。関西における特撮の聖地として三和市場が注目を集めています

この記事をシェアする

イベントスペース とらのあな

イベントスペース とらのあな

「怪獣酒場」や怪談などのトークライブから、音楽ライブ、落語など幅広いイベントを催している三和市場のイベントスペース。市場内に姉妹店であるLIVE SPACE tora /cafe とらのあなもある。

イベントスペース とらのあな

住所/兵庫県尼崎市建家町89

電話番号/06-6411-0806

営業時間/イベントにより異なる。三和市場の公式Twitterでお確かめください。

 

TAGS