広告業界での経験を生かして地域創生を推進。幸せ視点の組織づくりから地方を元気にする

株式会社やがて代表 | 黒瀬啓介

近年、地方自治体が企業の誘致や移住を推し進め、田舎暮らしの価値が見直されつつありますが、国内における過疎地の改善は、まだまだ日進月歩の状態。国の補助や名産品、観光地などに依存せず地域を盛り上げるには、どのような要素が求められるのか。広告業界から転身し、現在は兵庫県丹波篠山市の地域事業に従事する黒瀬啓介さんに地域ブランディングにおける課題を伺いました。

黒瀬啓介

株式会社やがて代表 | 黒瀬啓介

くろせけいすけ/1979年生まれ。大学で経営学を学び、卒業後は広告代理店にて営業・プロデューサーに従事。2010年から兵庫県丹波篠山市に移住し、広告業界で働きながら、山間地域の課題解決に向けた取り組みをはじめる。2019年、地域課題の解決と農業生産のビジネスモデルを構築する法人「株式会社やがて」を設立。

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田舎のゆるやかな時間の中で発見した人生の落とし物

日本では高度経済成長を迎えた1960年代頃から都市圏への人口流出による地方の過疎化が急速に進行。この状況を打破すべく1970年代以降は、さまざまな政策や都市開発計画などが実践されてきましたが、その大半が抜本的な問題の解決には至らず、現代においても多くの課題を残しています。しかし、近年では民間で事業を起ち上げ、地域のブランディングを行う人々も増加。地方の魅力が見直される中、広告業界から転身して兵庫県丹波篠山市で地域の課題解決を事業化している黒瀬啓介さんは、自身が設立した法人「株式会社やがて」と、同社で行っている農業事業「Earth Color Garden」を通して地域おこしの新たな形、そして、その事業を行うための理想的な組織づくりを推進しています。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

今回の取材は兵庫県丹波篠山市の事務所からZOOMにて行われました

岡山県出身の黒瀬さんは高校を卒業後、進学のため神戸に転居。その後、広告代理店に就職し、さまざまなプロジェクトで活躍しながらも、徐々にかねてからの夢であった農業や農村地域への移住を実行に移していきます。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「生まれ育った地元は住宅地だったのですが、祖父母が津山の山奥に住んでいたんです。よく遊びに行っては、いつか自分もこんな場所に住んで農業をやりたいと10代の頃から思いを募らせていました。2010年には以前から目をつけていた丹波篠山に移住し、しばらくの間は、大阪の会社まで約2時間かけて毎日通勤していました」

豊かな緑が広がる丹波篠山の山間部。情緒豊かな城下町からすぐにこのような場所にたどり着けるのが魅力です

念願だった丹波篠山での里山ぐらし。都会の喧騒とは真逆の場所に生活圏を移したことは黒瀬さんにどのような影響をもたらしたのでしょうか。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「コンパクトで情緒ある城下町や豊かな自然環境が素晴らしいのは大前提ですが、それ以上に、同じ日本の中でもこんなに差があるのかというぐらい、都会とは違った時間の流れ方に癒やされます。大阪にいる時は仕事の付き合いなどで毎晩飲みに行ったり慌ただしく時間がすぎる中で、子どもの成長だったり、人生の中での大事なことを見落としていたんだなと痛感しますね。もう都会に戻るつもりはまったくないです(笑)」

手作りマルシェから始まった農業との関わり

丹波篠山に移住した黒瀬さんは、会社勤めをしながら地元で採れる野菜を神戸の飲食店で販売するというマルシェの先駆けのような活動を開始。現在の業務につながる地域の魅力発信を完全セルフプロデュースで行っていました。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「行きつけの焼鳥屋さんを昼間借りて、丹波焼の皿の上に野菜を乗せて販売するというのを土曜日だけ遊びでやっていたんです。仕事が終わって夜12時ぐらいに家に着き、次の日は朝4時に起床。5時から生産者を回って野菜を集めて10時には三宮に持っていくというスケジュール。ポップだけは仕事仲間のデザイナーに作ってもらっていましたが、釣り銭の用意や精算のオペレーション、次回の告知チラシなんかも自分で用意して。最初に就職した広告代理店がベンチャー系の何でもやる会社だったので、その経験が生きて全部1人でやることができました」

広告代理店の激務の合間を縫って手作りマルシェを行っていた黒瀬さん。遊びで始めた野菜の販売が後の事業起ち上げのきっかけとなります

黒瀬さんの野菜マルシェは話題を呼び、本格的な取引の話にまで発展。この経験から地域農業が抱える課題が見えてきたと黒瀬さんは語ります。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「Facebookなどでも告知していたので、興味を持った経営者や社長さんがマルシェに来てくれるようになったんです。その繋がりで一度、大手百貨店に黒豆を卸したんですけど、そこまで行くと本気の商売になってくるから、取引は生産者さんと直接やってもらいました。ただ、このことがきっかけで、百貨店には八百屋が入っていて、その八百屋に商品を卸すという流通の仕組みを学ぶことができました。それと僕がやったようなマルシェはあくまでプロモーションに過ぎず、その後に生産者さんと取引できる仕組みがないと結局ただのひけらかしになってしまうということも実感しました」

広告業界での経験が生きる地域の価値再構築事業

マルシェを通して丹波篠山との関わりを深めた黒瀬さんは、よりローカルに根ざした活動を展開するため、大きな一歩を踏み出します。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「自分でも野菜作りや、地域に根ざした仕事をしたくなったので上司に相談し、雇用形態を外部ブレーンという形に変えてもらって、外注の営業兼プロデューサーになりました。それから徐々に営業をやめてオーガニックを絡めたお菓子などの商品開発や有機農業の生産や物流課題の解決に業務を移行。農業は普及センターで、新規就農で技術力のある人を紹介してもらったんですけど、その人の作る野菜は本当においしくて、畑もきれいだし農薬も使っていない。大手のスーパーにも大量出荷されていて、こんなことができるんだと衝撃を受けました。この人との出会いがあったから今の自分がいると言っても過言ではないですね」

丹波篠山市の名産品の1つである黒大豆。特産品をオーガニックでつくる人は少数だがそこにチャンスを見つけました

本格的に農業に取り組み始めた黒瀬さんの活動は口コミで広がりを見せ、農業関連のビジネスへも展開を見せ始めます。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「最初は、広告あがりで農業者でもない奴が何をやっているんだとか、正直、批判もありました。でも、広告業界での営業や商品開発の経験があったおかげで、オーガニック食材を取り入れたい企業さんからの相談も少しずついただけるようにもなり、その関係で、ある個人投資家の方と繋がることができました。その方が、田舎・農業・オーガニックという組み合わせでビジネスをやりたいという夢を実現するためにも僕に声をかけてくださって。僕自身も同じような展望を持っていたので、じゃあ一緒にやりましょうということで出資してもらい、法人を起ち上げることになりました」

こうして2019年、黒瀬さんは丹波篠山のオーガニック農産物の生産を中心に、農業周辺事業や流通や地域創生の企画などを行う法人「株式会社やがて」を設立。同社が展開する農業事業「Earth Color Garden」では、山林の環境整備をする事で、綺麗な水を圃場へ流し、さらに獣害の軽減を目指した次世代に継承するための里山地域づくり「リアルテラリウム」を実践しています。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「会社のホームページを見てもらうと分かるのですが、僕らは豊かな自然環境をひけらかしたくないので、あえて詳しく書かないようにしています。僕たちにとってまず大事なのは、自然と人の生活がうまく調和した地域づくりをしたいので場所などの情報は掲載しないようにしています。リアルテラリウムというのは、文字通りアクアテラリウムのリアル版。自然環境と農業や生活の営みが調和し循環する、魅力的な里山地域づくりを目指しています」

丹波篠山市の町や自然環境をアクアリウムに見立てたリアルテラリウム構想。人間と自然の調和、資源の循環が環境整備の要となります

丹波篠山を通して見る、向き合うべき地方の課題

丹波篠山に移住した黒瀬さんは、10代の頃からの憧れた田舎暮らしを叶えた反面、地域に深く入ったことで、都会では感じることのなかった地方ならではの不便さにも直面。国を上げて地方創生が提唱されている今、地域おこしの現実や直視すべき課題とはどのようなものなのでしょうか。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「丹波篠山に住んで都会との生活の仕方が全く違うのに、様々な仕組みが都会と均一になっている事が問題だと思います。例えば、移動手段は車が必需品だけど、都会の贅沢品としての車と同様のコストがかかったり、夢のある子供たちが夢を見つけたり、叶えたりするチャンスが極端に少なかったり。もちろん、逆に田舎にしかない利点もたくさんあるのですが

山間部で重要となってくるのが自然環境の管理。「Earth Color Garden」でも取り組んでいるというこの課題の詳細とは?

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「たとえば奄美大島や屋久島の自然環境は、人の手が入らずとも成立していますが、里山の自然は数千年ぐらいかけて人間と自然が調和しながら作ってきたものなんです。それが、この100年で生活習慣が変わった事で山から遠ざかってしまった事で次々にバランスが崩れ、獣害や水害による空き家や耕作放棄地の増加という問題が発生しています。山林、農業、空き家って全部、行政の担当が違うからややこしいんですよね。僕らは『Earth Color Garden』の事業でこれらの問題を面で捉え、ポジティヴに解決する事で、50年100年先に素敵な地域集落を引き継いで行きたいと思っています」

いったん人間が介在した自然環境は、永続的に環境整備を行うのが鉄則。放置された森林は想像以上のスピードで荒廃します

そして、地域のおこしやブランディングを行う上で最も大切なのは、まず定住したくなるような地元の文化や魅力を住民たちがどのように捉えているか。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「町に古くから伝わる祭りなんかでも、ただみんなで集まって、ワイワイお酒を飲んで神輿を担いで…というのでは絶対に廃れてしまいます。その祭りの伝統や意味を分かっているかどうかは非常に重要。めんどくさがる人も多いけど、こういうことをストイックに学びつつ、住民たちが楽しんで取り組まないと文化は続かないですね。丹波篠山には丹波焼きやぼたん鍋といった名物・名産や有名な盆踊り「デカンショ踊り」などもあるが、これらも日常生活に浸透して初めてブランドとして成立します。そこに町が潤うチャンスがもっとあると思うし、観光客をあてにしたり都会に憧れていたりするだけでは、いつまでたっても良い方向にいかないですね」

「ブランディングとは自分たちから始まるもの。外に向けてのアピールよりも、まず住民が丹波篠山で暮らせて良かったと思えることが大事です」と黒瀬さん

みんなで幸せになる、ヒエラルキーのない組織

黒瀬さんが代表を務める「株式会社やがて」では現在、丹波篠山の農業にかかわるさまざまな課題を解決することを主な仕事としていますが、この会社における重要なミッションは、ヒエラルキーのない組織の中で、スタッフ全員が幸せに働けることであると語ります。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「会社を起ち上げる際、経営者だろうが社長だろうが社員だろうが全員がフラットで、ヒエラルキーのない組織=ティール組織を作りたいと思ったんです。給料さえも開示されていて、スタッフに権限や決済権も含めて全部を任せるという考え方で。僕はもともとバリバリのヒエラルキー組織で育ったので、これは自分にとっても大きなチャレンジ。今では僕もスタッフから“黒ちゃん”と呼ばれています(笑)。この組織づくりを実践することでお金視点から幸せ視点の組織という考え方が広まればいいなと思うし、それが業績にも繋がるということを証明していきたいですね」

「Earth Color Garden」の取り組みの1つとして女性が働ける農業として生産を始めたオーガニックローズ。男性が多い農業の現場で女性視点からのアドバイスが現状打破のきっかけになることも多いのだとか

大手企業が都市部から本社機能を移すなど、現在、地方に可能性を求める動きがさまざまな方面で見受けられますが、黒瀬さんのように本格的な移住を検討している人は、どのような心構えで臨むべきなのでしょうか。

黒瀬啓介さん(以下:黒瀬さん)

「当たり前のことですが、地域のコミュニティにしっかり入っていくこと。僕は上の子供が小学校6年生のときにPTAの会長をやったんですけど、1学年25人ぐらいしかいない小さな学校なので行事もすべて保護者たちで運営して、これもまた地元への思いを深める上で重要な経験でした。地方には排他的な風土の場所も結構あるので、移住者は固定概念を捨て、都会での価値観は全部壊すぐらいのゼロスタートをすることで初めて受け入れてもらえると思います。正直な話、地方で暮らすなら、これは仕事より重要なことなんじゃないかなと思います」

PTAの会長を経験した翌年、来賓として小学校の入学式で挨拶で登壇したという黒瀬さん。「毎年、子どもたちが巣立って、新しく入ってきてというのを間近にしたことで彼らの未来についても深く考えるようになりました」

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