音楽人生を豊かにしたプログレッシブ・ロックの魅力を自著で発信

編集者・著者 | 馬庭教二

1970年代初頭に隆盛を極めた音楽ジャンルの1つであるプログレッシブ・ロック。その誕生から半世紀を経た2021年、かつて「関西ウォーカー」で編集長を務めていた馬庭教二さんが、自身の少年時代の思い出とともにプログレッシブ・ロックの魅力を語る著書を出版。現在、同世代の音楽ファンから大きな反響を得ています。

馬庭教二

編集者・著者 | 馬庭教二

まにわきょうじ/1959年生まれ。大学卒業後、児童書・歴史書などを扱う出版社を経て角川書店(現KADOKAWA)に入社し、「ザテレビジョン」「関西ウォーカー」などの編集長を歴任。雑誌局長を経て、現在は2021年室長、エグゼクティブプロデューサーを務める。2021年、初の著書『1970年代のプログレ - 5大バンドの素晴らしき世界』(ワニブックスPLUS新書)を上梓

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「えらいものを聴いてしまった!」、関西ウォーカーの元編集長とプログレが出会った中学2年の春

イエスやキング・クリムゾンといったバンドの台頭で一躍世に知られるようになったプログレッシブ・ロック(以下、プログレ)。1960年代終盤に出現し、ジャズやクラシックの要素なども貪欲に取り入れた音楽性は、文字通り進歩的(progressive)で、ロックという音楽の可能性を大きく押し広げるものでした。1970年代初頭には音楽シーンで圧倒的な人気を獲得し、当時、中学生だった馬庭さんもまた、プログレと出会ったことで、それまでの音楽観が一変するほど大きな影響を受けました。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

現在、東京に在住の馬庭さんとZOOMにて取材を行いました

島根県で生まれ育った馬庭さんは、高校を卒業後に上京。絵本や歴史書の出版社を経て角川書店(現KADOKAWA)に中途採用で入社し、編集者としてのキャリアを積み重ね、2001年〜2005年に「関西ウォーカー」の編集長に就任。この人事異動をきっかけに、関西に定住します。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「1990年代中盤からウォーカー系の雑誌に携わるようになり、2001年に『関西ウォーカー』の編集長として大阪に赴任。家族みんな関西を気に入ったので、西宮に家も買いました。今は東京が仕事の中心です。関西は食べ物もおいしいし、お笑いも面白い。そして、なにより阪神タイガースと高校野球が大好きなので、甲子園球場があることに魅力を感じます。レコードコレクションも置きっぱなしにしているし、もう少しして仕事が落ち着いたら、また関西に戻ろうかなと思っています」

角川書店(現KADOKAWA)に入社した馬庭さんは「ザテレビジョン」をはじめ、さまざまな雑誌やムックで編集長を歴任

そんな馬庭さんが2021年4月、多感な時期に影響を受けたプログレについて語る著書『1970年代のプログレ – 5大バンドの素晴らしき世界』を上梓。発売から1週間で重版が決定というヒットを記録し、現在も読者を増やし続けています。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「自分の手で1から10まで書く本を出したいと前から思っていて、この数年、自身の人生を振り返るような内容を少し書いては中断というのを繰り返していたんです。それが2020年のコロナ禍の中で家にいる時間が長くなったので、改めて筆を進め、中学時代に出会ったプログレに関する思い出を原稿にまとめました。それをワニブックスの編集者が興味を持ってくれて。まだ30代の若い方だったのですが、古いロックが好きで、『ぜひ自分にやらせてください!』と熱心に取り組んでくれました。ただ今回、初めて自分が編集される側になったので、原稿1つ見てもらうのも非常に緊張しましたね(笑)」

馬庭さん初の著書『1970年代のプログレ - 5大バンドの素晴らしき世界』(ワニブックスPLUS新書)。ことし4月に発売されたばかりだが、Amazonでのレビュー欄にはすでにプログレファンからたくさんの書き込みがされている

プログレ関連の書籍やムック本はこれまでにも数多く出版されてきましたが、馬庭さんの著書は、それらとは異なる切り口で書かれたことが同世代の音楽ファンの心を捉えました。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「この本のベースになっているのは、中学2年生だった僕がプログレに魅了された1973年当時の体験。スピーカーの前に陣取って黙々とレコードを聴いていたとか、当時、数少ないテレビの洋楽番組であったNHK『ヤング・ミュージック・ショー』をかじりつくように見ていたとか、そういった内容に対して、『自分も全く同じ体験をしていた!』と反響をたくさんいただきました。みんな同じような時代を過ごしていたんだなと分かったのが嬉しくて、本当に本を出して良かったなと思います。そして、紹介するバンドについては、あえてイエス、キング・クリムゾン、ジェネシス、エマーソン・レイク&パーマー(以下、ELP)、ピンク・フロイドというイギリスの5大バンドに絞り、それぞれの魅力や代表曲の聴きどころについて、自分の思い入れを交えながら書いています」

自身の著書を出して「友達の輪がつながった」

編集者としてこれまで数々の本の制作に携わってきた馬庭さん。今回、自らが著者となったことでどんなことが起こったのか訊ねてみました。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「本を出したことで、友達の輪がつながったことが一番大きいです。これまで全く別の世界に住んでいた、知らない方々から『あなたは私です』というお手紙をいただいたり、『この人と同じ体験をした』とブログに書いていただいたり。読んだ後に『私はこう思う』と書かれている人の考えを知るのも楽しいです。やっぱり自分の本だから反響が気になって仕方ないんです(笑)。お手紙やコメントを読む度に嬉しい気持ちになっています」

無限の音楽性を内包する英国5大バンドの魅力

1973年、中学2年生だった馬庭さんは、友人の兄を通じて、プログレを代表するバンドの1つ、イエスの5枚目のアルバム危機を聴き、プログレの魅力に覚醒します。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「もともとラジオの深夜放送で洋楽ポップスを聴いていたのですが、友人のN君が『これ聴いて!』とイエスの『危機』を貸してくれたことで初めてプログレに出会いました。タイトル曲の『危機』は、まず楽器の演奏だけでもすごく時間が長い。それで、やっと歌が出てきたと思ったら、そこからいろいろな構成が複雑に展開されて、気がついたら1曲だけで20分ぐらい過ぎていて。これまで聴いていたカーペンターズやエルトン・ジョンなどのヒット曲は、だいたいが3分、長くても4〜5分でしたから、こんな音楽があるんだ!と衝撃を受けました」

馬庭さんがプログレに出会うきっかけとなったイエスのアルバム『危機』とELPのライブアルバム『展覧会の絵』

著書の表紙にも書かれているように、「長い」「難しい」だけど、それこそが一筋縄ではイカないプログレの魅力。ここからは、馬庭さんが愛するイギリスの5大プログレバンドの魅力を語ってもらいながら、その奥深い音楽性を覗いてみましょう。なお、各バンドの紹介とともに貼られている楽曲の動画は著書でも紹介されているので、ぜひ、本を片手に聴いてみてください。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「まず、キング・クリムゾンは、いちばんとっつきにくいと言うか、暗く独特の世界観を持っていて、どこか難しそうな印象。サウンドや歌詞もいちばん観念的ですね。ギターのロバート・フリップが中心人物で、今ではYouTubeの配信でおちゃめな姿を見せていますが、昔はその顔つきや風貌から『フリップ教授』と呼ばれていました。近年はよく来日して中年ファンたちを喜ばせてくれます(笑)」

英国5大バンドの代表曲をチェック

キング・クリムゾンの代表曲「21世紀の精神異常者」
アルバム
クリムゾンキングの宮殿(1969年)に収録。ギターのロバート・フリップを中心に、これまで3度の解散・再結成を行い現在も活動中

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「ELPは、はっちゃけた若者3人組(笑)。『展覧会の絵』など、クラシックの楽曲を独自の解釈でプレイするのですが、キーボードのキース・エマーソンがオルガンを激しく揺さぶったり、ステージングがとにかく派手で華々しい。今ではメンバーのうち2人亡くなられて、残っているカール・パーマーもすっかりおじいさんですが、当時は本当にルックスもカッコ良かった。某有名女性エッセイストが ELP のファンで、『自分はグレッグ・レイクと結婚したかった!』とツイッターで言っておられました(笑)」

ELPの代表曲「悪の教典#9 第三印象」
アルバム
恐怖の頭脳改革(1973年)に収録。1970年代初頭のイギリスで名を馳せたメンバーが集結したELPはデビュー当初から大きな注目を集めた

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「ピンク・フロイドは、他のバンドと比べると非常に幻想的といいますか。超絶的なテクニックがあるわけではないけど、バンドアンサンブルがなんともいえず心地よい。ベースのロジャー・ウォーターズの書く歌詞が結構政治的だったりして、そのギャップもまた奥深さを生み出しています。最初期に在籍していたギター、ボーカルのシド・バレットは心を病んですぐに音楽業界を引退してしまいましたが、非常に才能のある人で、多くのアーティストに影響を与えています」

ピンク・フロイドの代表曲「エコーズ」

アルバムおせっかい(1971年)に収録。5大バンドの中でいち早くデビューし、すでにヒット曲もあったピンク・フロイドは、ギターのデヴィッド・ギルモアの加入を機にプログレ寄りの音楽性に移行

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「ジェネシスはいかにもイギリスっぽいというか、とても格調の高い音楽性で、ボーカルのピーター・ガブリエルのシアトリカルなパフォーマンスも強烈です。このバンドは、先に脱退したガブリエル、歌手としてもヒット曲を多数輩出しているドラムのフィル・コリンズなど、みんなソロでも精力的に活動していて、僕は特にギターのスティーブ・ハケットが大好き。来日公演には欠かさず行っているのですが、ジェネシス時代の名曲を今でもしっかり演奏してくれるのが嬉しいです」

ジェネシスの代表曲「ファース・オブ・フィフス」
アルバム
セイリング・イングランド・バイ・ザ・パウンド(月影の騎士)(1973年)に収録。1975年にボーカルのピーター・ガブリエル、1977年にギターのスティーブ・ハケット脱退後はトリオで活動

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「そして、イエスは『危機』に象徴されるような、不思議な空想の世界、SF世界に連れて行ってくれるロック。本の中ではボーカルのジョン・アンダーソンの声こそイエスの象徴と書きましたが、生涯メンバーとして在籍していたクリス・スクワイア(2015年逝去)の弾くベースラインも独特。僕自身もバンドでベースを担当していたので大いに影響を受けました。僕にとってはプログレの入口になったバンドなので、やはり初恋の人というか(笑)、特別な思い入れがありますね」

イエスの代表曲「燃える朝焼け」
アルバム
こわれもの(1971年)に収録。現在、ギターのスティーブ・ハウを中心に活動しているが、元ボーカルのジョン・アンダーソンも自身のユニットでイエスの楽曲を演奏するコンサートを行っている

サブスク時代におけるプログレの楽しみ方

スマートフォンの影響もあり、今や音楽はCDなどの “フィジカル”(物質)を所持しないのはもちろん、サブスクリプション(以下、サブスク)などのサービスに加入すれば好きなものを聴き放題。1枚のレコードに神経を注ぎ込んで聴いた馬庭さんの少年時代とは対照的ですが、そんな状況だからこそ成立するプログレの楽しみ方もあると語ります。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「本の中で、5大バンドの代表曲について、何分何秒のここが素晴らしい、という感じで聴きどころを書いているんですけど、今やサブスクのおかげで、一瞬でその場所まで飛べますから本当に便利ですよね。僕が昔からやっていた音楽の楽しみ方とは矛盾しているかもしれないけど、サブスクにプログレバンドの音源も結構出ているし、今の文明を使ってたくさんの音に触れるのもありなのかなって。僕の本もスマートフォンで読みましたという感想をいただくこともありますし」

「本に入りきれなかったけど、マイク・オールドフィールドや日本のバンドだと四人囃子とかについても書きたかったですね」と馬庭さん

バンド活動は中断したままだが、現在でもコンサートに足繁く通っている馬庭さん。途切れることのない音楽への情熱、そして編集者の道に進んだ要因も、やはりプログレとの出会いがあったからこそでした。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「実は、プログレに対する熱は、高校に入ったぐらいにいったん落ち着いちゃったんです。その後は、高中正義さんやカシオペア、プリズムといったフュージョン系、渡辺貞夫さんなどのジャズ、山下達郎さんを中心としたシティポップなどが好きになっていきました。ただ、こういった音楽を幅広く聴くようになったのは、さまざまな音楽性を内包したプログレを聴いてきたことが大きく影響していると思います。そして、1970年代当時、情報が少ない中で、なんとか好きなアーティストの情報を得ようと努力していたことが編集者を志した根底にあるのかな。音楽を通して物事を深く考えるというのもプログレを通して学んだことです」

現在、東京の部屋にはわずかなCDしか置いていないとのことですが、ピンク・フロイドの『原子心母』など、やっぱり名盤は外せません

誕生から約半世紀という年月を重ねながらも、いまだに新たなファンを生み出し、さまざまなアーティストに影響を与えているプログレ。さまざまな要素がミルフィーユのように折り重なったその音楽性は、今の時代に聴いても十分すぎるほどの魅力にあふれています。

馬庭教二さん(以下:馬庭さん)

「最近の音楽は、言いたいことがスッと伝わるように作られていると思うのですが、そういうのが好きな人達から見るとプログレは、なんだかよくわからない音楽という印象かもしれません。しかし、何かの拍子にツボにはまると、『とんでもない音楽を聴いてしまった!』という衝撃を受けるかも。本当にそれぐらい刺激的な音楽なので。サブスクの便利さを話した後でなんですが、もしプログレに興味が湧いて時間に余裕があるなら、なるべく他のことを断ち切って20数分間、じっくり聴き込んでください。きっと今までになかった音楽体験ができると思いますので」

愛犬のメルちゃんと一緒に。「初めて著書を出して、一冊書き切る手応えを持ったので、次は映画の本を書いています」

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