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2022.04.11
町家を活用した新たなプラットフォームで京都から世界へ情報発信
株式会社レンジ 代表取締役 | 中本幸一
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TRUCK オーナー | 唐津裕美
2022.04.25
コロナ禍の影響でリモートワークが推進され、自宅時間が増える中、日本では犬や猫を家族として迎える人が急増。淋しさを癒してくれるパートナーとして愛情を注がれる一方、遺棄や虐待、無秩序な多頭飼育など、心ない行為も後を絶ちません。国内外に多くのファンを持つ家具メーカー・TRUCKの代表・唐津裕美さんは、これまで数十匹にもおよぶ犬猫の保護や里親探しを行い、書籍やSNSなどで傷ついた動物たちを守ることの大切さを発信しています。
TRUCK オーナー | 唐津裕美
からつひろみ/1967年生まれ。大阪芸術大学を卒業後、テキスタイルデザイナーを経てフリーのイラストレーターとして活動を開始。1997年、公私にわたるパートナーの黄瀬徳彦氏と共に大阪・玉造でオリジナル家具メーカー・TRUCKを創業する。2009年には大阪・旭区に移転し、カフェスペースのBirdも開業。関西だけに限らず遠方からも多くの人が訪れる人気店として広く知られている。
現在、自宅で3匹の猫、1匹の犬と暮らす唐津さん。中学3年生で初めて犬を迎えて以来、家の中に常に多くの動物がいる環境で暮らしてきました。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「父がもともと動物好きで、最初の犬の後も猫やインコなど、家の中には常にいろいろな動物がいました。一人暮らしをしていた少しの間だけ動物と離れていましたが、TRUCKを始めるにあたり、パートナーと『犬と暮らしたいね』という話になって、ラブラドール犬のバディを家族に。その息子のジュニアは今、14歳で、すっかりおじいちゃんになりました」
猫については、TRUCKが玉造で営業していた時代から、病気やケガで弱っているなど、命の危険にさらされた状態を幾度も保護。自宅で育てたり、里親に出したりと、数多くの命を救ってきました。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「猫たちは全部、道端や公園で拾った子たちです。箱に5匹入れた状態で捨てられていたり、保健所に連れて行かれそうになっていたのを引き取ったり、なぜか高速道路の料金所横で倒れているのを助けたり、みんな事情はさまざま。放っておくと確実に死んでしまうような命があれば、連れて帰ることに迷いはありません。里子に出せるなら出すし、育てる自信はあるので、貰い手がなければうちの子にしてきました。玉造にいたときだけで猫20匹、犬5匹ぐらい、旭区に来てからも猫10匹ぐらいは里子に出しましたね」
唐津さんが犬や猫の保護を行う際、心がけているのは、事故に遭ったり食事にありつけないなど、理不尽な理由で死んでしまう、不幸な命を増やさないこと。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「私は保護団体に属しているわけでもないし、常に動物の保護をしなければいけないと思っているわけでもありません。ただ、助けられる命は、できる限り助ける。猫の場合、放っておくと毎年、メスが子どもを生んで際限なく増えるので、できることなら捕まえて避妊手術をし、増やさないようにしたいと思っています。不幸な猫を増やさず、一代限りの命を大切にするTNR(Trap:捕獲、Neuter:避妊手術、Return:猫を元の場所に返す、という保護活動の流れ)や、さくらねこ(TNRを行った猫を識別できるように耳先を桜の花びら状にV字カットすること)という考え方は、もっと浸透してほしいですね」
コロナ禍における巣篭もり需要で犬や猫と暮らす人が増える中、唐津さんは、日本の家庭における動物の迎え方も変化のタイミングにあると語ります。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「現在、ヨーロッパでは多くの国で動物の生体販売が禁止され、シェルターで保護されている犬や猫を家族に迎えるには、厳正な審査が必要とされます。日本では、今も生体販売が行われている一方、近年、保護犬や保護猫の譲渡会が盛んに行われるようになってきたので、これが動物と暮らす際の大きな選択肢になると知ってもらえたら。これまでの動物を保護した経緯や育て方は、書籍、TRUCKのカタログ、SNSなどで発信してきたのですが、こういった情報は、今後も何かしら発信していけたらと思っています」
大阪芸術大学を卒業後、テキスタイルデザインの仕事に就いていた唐津さんでしたが、4年の勤務の後、イラストレーターとして独立。後にパートナーとなる黄瀬徳彦さんとの出会いで、オリジナル家具メーカーへの道を歩み始めます。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「黄瀬は、もともと手を動かす仕事がしたくて、バイクでよく行っていた信州に木工の職業訓練学校があることを知り、そこで1年間勉強して家具の道に入りました。それから大阪に帰って椅子屋さんで3年ほど働いて独立。最初の頃は量販店などに卸していたのですが、せっかくカッコいいものを作っているのにお店の一角にぽつんと置かれるのがもったいない。そこで私が『自分のスペースで自分の家具だけ置いたほうがええんちゃう』と言ったことで玉造にTRUCKを作ることになりました」
大阪・玉造に店を構えることになった唐津さんと黄瀬さんは、無人のビルを自分たちの手で改装。1階に工房と店舗、2階に2人の住居を設け、1997年にTRUCKとして開業します。高品質でスタイリッシュな家具はたちまち評判となり、多くの人が足を運ぶようになりました。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「工場で作った家具を建物前に並べたら、ここに職人がいると分かるだろうというぐらいの感じで、お店を作ることにそこまで重きを置いていなかったんです。ただ、店が思いの外かっこよくできて、おかげさまでたくさんの人に来ていただけるようになりました。その後、真裏にもう1軒借りて、お店を拡張したのですが、賃貸契約の縛りや更新に対する不安もあったので、それなら、もう自分たちの場所で一から思い通りの店を作ろうということになったんです」
移転を決意してから数年間、唐津さんと黄瀬さんは緑豊かなロケーションに狙いを定めて物件を探し続け、やがて現在の拠点である旭区にたどり着きます。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「300坪の細長い土地に、周囲三方が学校に囲まれているので近隣がない。もう最高の条件だろうということで、即決しました。もともと建っていたタクシー会社のプレハブと立体駐車場があまりに老朽化していたので、解体していったん更地にするところから工事を開始。そこから1年間、建物のプランを考えて、工事にさらに1年半。ペンキも左官も自分たちでやりました。木も造園屋さんの持っている山から選んで、植えるために土も全部、土壌改良。ゼロどころかマイナスからのスタートでしたね」
こうして完成した新たな店舗は、2009年にオープン。敷地内にカフェスペースとなるBirdも併設し、現在では旭区の名所として親しまれています。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「Birdを作ったのは、繁華街から離れたこの場所まで来てくれたお客さんが、一息つくための場所がほしかったから。玉造時代も、お店の前のバス停でお客さんが話し込む姿を見ることがあったので、コーヒーでも飲んで落ち着ける場所があったほうがいいだろうと。それにしても私自身、もともと家具屋になるとは夢にも思っていなかったので、今の人生はまったく予想外(笑)。たまたまパートナーが家具職人だったので自分もその道を歩むことになったけど、本当に分からないものだなと思いますね」
開業から25年、旭区に移転してからすでに13年の月日を数えるTRUCKですが、今後のビジョンや展望などは、どのように思い描いているのでしょうか。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「展望は、全然ありません。TRUCKって、その時その時を楽しくやれたらいいよねってことで、大きくしようとか店舗を増やそうとか、売上を伸ばすために新作をどんどん作るとか、そういうことには関心がないんです。この土地を見つけて移ってきたのも、賃貸の怖さ、危うさを知ったから。今、旭区で安心して営業できる場所を作りきったので、あとはここで機嫌よくやっていくだけですね」
事業の拡大にはこだわらない唐津さんですが、働くスタッフたちの生活や労働環境のあり方については、何よりも気を配っています。
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「新しい人をどんどん入れるということは考えていなくて、採用面接の時にも『うちで働くのであれば、ここに骨を埋めるつもりで来てね』と言っています。特に工場の職人は、3〜4年したら自分で家具を作れるようになるけど、私たちはTRUCKの家具をずっと作ってくれる人を探しているので、独立したい人は求めていなくて。その代わりうちは、採用したら、その人の家族も含めて一生面倒見るつもりでスタッフを選んでいます」
唐津裕美さん(以下:唐津さん)
「こういうの、今の時代には暑苦しいのかもしれないけど、私たちもツーカーの仲でやっていきたいから、職人はもちろん、店頭スタッフも、ここでどんどん歳を重ねてTRUCKの熟練になってほしい。スタッフがさまざまなものを見聞きし、豊かな生活するほうが豊かな店になると思うので、そのためには、できる限りの待遇はします。定年も特に設けていないので、『みんなヨボヨボになるまで一緒に働きたいね』と言っています(笑)」
TRUCK
スタイリッシュかつ生活に寄り添う温かさも兼ね備えたオリジナル家具を製作・販売。隣接するカフェ・Birdではサイフォンで淹れたコーヒーの他、ドーナツやホットサンドなどの軽食も味わえる。
TRUCK
住所/大阪市旭区新森6-8-48
電話/06-6958-7055
営業時間/11:00〜19:00
定休日/火・水曜